ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
翌日、灯至から許可をもらった粧子は意気揚々と履歴書を認めた。
履歴書を書くなんて久し振りだわ。ヒラマツで働いていたことが役に立つといいけれど……。
もらってきたアルバイト情報誌には経験なしでも雇ってもらえそうな企業がいくつも掲載されていた。その全てに付箋を貼っていく。
これだけあればひとつくらいは、採用されるわよね?
付箋を挟み分厚くなった冊子を見て、粧子は心の中で呟いた。
ところが、粧子の期待とは裏腹に勤め先はなかなか決まらなかった。
まさか、こんなに決まらないなんて……。
仕事を探し始めてから十日が過ぎた。
粧子はがっくりと肩を落としながら、大叔母の家へと続く路地を歩いていた。
三日前に書類を送った洋菓子の販売員、午前中に面接を受けた金属加工会社の事務職、いずれも不採用となった。
世間では人手不足が声高に叫ばれているが、今のところ粧子を雇ってくれる企業はなかった。
原因は薄々わかっている。履歴書を提出すると、住所欄と槙島という名前で槙島家の血縁だということがすぐわかる。この近辺で商売をしていて槙島の名前を知らぬ者はいない。不動産業を始めとする多くの事業を手掛ける槙島グループの御曹司。
富裕層の代表でもあるその嫁が一般企業で働きたいなどと、チャンチャラおかしい。
冷やかしか地雷だろうと思われてお断りされているのだ。
確かに灯至さんは生まれも育ちもお坊ちゃんですけど、私は庶民なの!!
ここが道の往来でなければ、叫び出してしまいたかった。