ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
「出るか」
「はい……」
混乱を静かに見守っていた粧子は灯至に声を掛けられ、胡蝶蘭の間を離れ一階にあるラウンジへと連れ出された。
いつの間にか大叔母と麻里、そして明音がいなくなっている。無事に家へと戻れただろうかと思いを馳せる。
ああ、上手く行って良かった……。
粧子はホッと胸を撫で下していた。何を隠そう麻里と粧子はこの縁談を白紙に戻すために共謀していた。大叔母を連れ出せるよう家の鍵を預け、結納の日時と場所を教えた。結果は大成功。めでたし、めでたし。
そもそも政略結婚など時代遅れにも程がある。明音と麻里が恋人同士ならなおさらだ。
これで、少しは懲りてくれると良いのだけれど……。
破談になるよう仕向けたのは昨今の父の経営方針に不満を持つ粧子の些細な抵抗だ。
粧子は内心では父の事業拡大路線を快く思っていない。平松家が経営する”和菓子本舗ヒラマツ”は古くから地域に根差し、多くの人に愛されてきた老舗だ。
季節を彩る色とりどりの和菓子は、見るのもよし、食べてもよし、贈ってもよしの三方良し。職人の技術は惚れ惚れするほどで、国賓に振舞われたこともある。
しかし、父は代々受け継いできた味や伝統を放り出し、目先の利益ばかりを優先するようになった。
手作りにこだわってきたヒラマツの方針を翻し、安価に大量生産出来る産業機械を導入し、尊敬すべき職人を蔑ろにした。