ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
「お手間を取らせてしまってすみませんでした」
「ランニングのついでだ」
……ウソ。
夜中にランニングに出かけたことなんてないくせに。三ヶ月も一緒に暮らしていればそれぐらいわかる。
素直に迎えにきたと教えてくれれば、粧子だってお礼が言えるのに……。
「ほら」
前を歩く灯至が急に止まり、左手を差し出してきた。もしかして握れということだろうか?
「暗くて危ないだろう。粧子はよく転ぶ」
灯至は墓参りでの出来事を揶揄するように笑った。粧子だって足元が悪くなければ転んだりしない。ましてや今日は草履でもない。
履き慣れたフラットなスクエアトゥのパンプスで転ぶはずがない。
ひとりで歩けると断ればいいのに、粧子はそうしたくなかった。
「それではお言葉に甘えて……」
月明かりに照らされながら、そう長くはない家路を手を繋ぎながら歩いていく。
粧子の右手を灯至の大きな手がすっぽりと包み込んでいる。
以心伝心とはいかない二人には手を繋ぐためにまわりくどい理由が必要だった。
何を考えているかまるでわからない灯至だったか、この手の温もりだけは信じられるような気がした。