ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
粧子とて昔ながらのやり方を全て踏襲すべきだとは思っていない。
職人や従業員の過酷な長時間労働は是正されるべきだが、職人の研鑽の機会を奪い、業界全体の弱体化を進めるようなやり方には目を背けたいものがある。
ヒラマツの味を後世まで残して欲しいという亡き祖父の意志にも反している。
ふふっ……。なんだかおかしくなってきたわ……。
縁談を推し進めた父の顔が青褪めていくのを見て、胸がすくような思いがした。
粧子はポットに淹れられたアールグレイティーをカップに注ぐと、ほんのり笑みを浮かべながら悠々と口をつけた。
「婚約がご破算になろうっていうのに余裕なんだな」
灯至は取り乱しもせず静かに紅茶を啜る粧子を冷ややかに見つめていた。
向かいのソファに座る灯至は傍目に見ても、美丈夫と称される類の男だった。
長い睫毛、すっと通った鼻梁。薄めの唇には不敵な笑みが浮かぶ。
センター分けの焦茶色の長めの髪はワックスで無造作に撫で付けられ、目元で揺れる前髪が何とも言えない色気を醸し出していた。
身長は百八十センチほどだろうか。仕立ての良いオーダーメイドスーツが、日本人離れしたスタイルの良さをより引き立てる。
明音よりひとつ年下、ということは今年二十八歳になった粧子より三つも年下だ。