ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
「貸せ」
つけ慣れていないイアリングに悪戦苦闘していると、見かねた灯至が自分に渡すように言ってきた。
SAWATARIでもヒラマツでも、アクセサリーは厳禁だ。粧子にはアクセサリー全般をつける習慣がなかった。
「これぐらい自分で出来るわ……」
「少しの間我慢しろ」
灯至の長い指が粧子の耳にそっと触れる。黒髪を耳にかけ流し、金具をジッと見つめる灯至に不覚にもドキンと胸が高鳴る。
この距離はいけない。
ああ、変な気を起こしてしまいそう……。
粧子は目を瞑り、灯至がイヤリングをつけ終えるのをひたすら待った。
用意された服と小物を一式着用した粧子は、姿見の前に立った。
着慣れていない服、履き慣れていない靴に緊張しているものの、そこには見違えるほど洗練された女性の姿があった。
服と小物を変えただけなのに、それなりの女性になれるなんて魔法みたい。
「気に入ったか?」
「こんなに素敵なドレスを着こなせるか不安だわ」
「そのうち慣れる」
その後も灯至のお眼鏡にかなった三点のドレスを試着したが、結局最初に試着したワインレッドのドレスを購入することになった。
やっと決まった。もう、試着はたくさんだわ……。
ようやく着替えから解放されるとあって、粧子の表情は晴れ晴れとしていた。
最後に試着したミモレ丈のダークグリーンのドレスを脱ぐべく試着室に入ろうとすると、目の前に灯至が立ちはだかる。
「タグを切ってくれ。このまま食事に行く」
「え!?」
店員は灯至の言うままに、ドレスのタグを切ってしまった。タグを切るということは、このドレスを購入するということに違いない。粧子は慌てて灯至を見上げた。