ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
「準備は出来たか?」
「はい」
鏡を見ながらイヤリングの位置を調整していた粧子は顔を上げると、部屋に入ってきた灯至の問いかけに頷いた。
着工記念パーティーの当日、灯至に買ってもらったワインレッドのドレスとアクセサリーを着用し粧子の準備は万端だった。この日は灯至も礼服を身につけていた。長身の灯至が厳かなブラックフォーマルを身につけるとより凛々しく見える。
「これを」
灯至はコートの内ポケットからビロードのケースを差し出した。
ケースを受け取り蓋を開けると、そこには見事な蝶が羽を休めていた。
「蝶の髪留め……?」
由乃から譲り受けた物は螺鈿細工だが、灯至から渡されたものはダイヤモンドがそこかしこに散りばめられていた。ゴールドの金具に縫いとめられた一羽の蝶々に粧子は鳥肌が立つほどの感動を覚えた。
「あの……!!」
「先に出る。遅れるなよ」
灯至は粧子の反応に満足すると艶やかな黒髪を一筋とり恭しくキスをした。
会場で設営の指揮を取らねばならない灯至は招待客である粧子よりも先に会場である槙島パークホテルへと向かった。
落ち着け心臓……!!
粧子は胸元を押さえて、何度も深呼吸した。これから槙島家の嫁として初舞台に上がるというのに、これしきのことで動揺してどうすると自分を叱咤する。
灯至からの突然のプレゼントは、粧子の矮小な心を大きくかき乱した。
だって……こんなの嬉しいに決まってる……。
いつから用意していたのだろう。この日のために?粧子のために?わざわざ蝶の髪留めを選んでくれたのも感慨深かった。
粧子は櫛を取り髪を結いて、灯至から贈られた蝶々を髪に留めた。そして、彼に相応しい女性でありたいと強く願ったのだった。