ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい

「粧子」

 役員席に座っていた灯至に手招きされ、彼の元へと急ぐ。槙島の次代の当主たる灯至は既に大勢の人に囲まれていた。

「妻の粧子です」

 灯至は粧子の肩を抱くと、知り合い皆に粧子を紹介してまわった。
 妻という響きには未だに慣れない粧子だったが、相手の顔を見つめ常に笑顔でいるよう心がけた。
 結婚式の時に使った資料を捨てないでおいてよかった。顔と名前と役職がわかるだけでも会話が繋がっていく。
 そうやって何人と挨拶しただろうか。灯至が余興の段取りの確認のためにその場から離れた時、粧子の疲れが吹き飛ぶ出来事が起きる。

「こんにちは、粧子さん」

 馴染みのあるハイトーンに声を掛けられ、粧子は信じられない気持ちで一杯になった。

「果歩さん!!」

 男性にエスコートされた果歩は小さく手を振った。槙島主催のパーティーで知り合いに会うなんて思いもしなかった。

「どうしてこちらに?」

「実はうちの会社、リバティガーデンが完成したらそちらに移転する予定なの。それがご縁で、パーティーにご招待頂いたの。私こそ驚いたわ。粧子さんがまさか槙島家の若奥様だったなんて……」

 馴染みのサンドウィッチ店の店員が槙島の御曹司の隣で一緒に挨拶していて、さぞや驚いたことだろう。
 果歩に粧子が槙島に嫁いでいることを改めて説明する機会はこれまでなかった。
 
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