ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
例の騒動から早くも一週間が経った。
粧子の日常には特筆すべき大きな変化は見られず、今日もヒラマツの若女将として店頭に立ち続けている。
大学卒業後、一時は一般企業に就職したものの、母と作業場を取り仕切る兄からのたっての願いで、二年前からヒラマツで働きだした。
若女将と一口に言ってもやることは様々だ。お得意様に季節のご挨拶を認めたり、本店以外の店舗を巡回したりと枚挙にいとまがない。繁忙期には菓子の箱づめやリボン掛けといったおおよそ若女将の仕事ではないものも引き受ける。
「粧子」
「泰虎兄さん」
パート店員に店頭を任せ、休憩室でシフト表を作っていると、朝の仕込みを終えた泰虎が声をかけてきた。
泰虎は三歳年上の兄だ。雄々しい名前に似合わない心の根の優しい青年で、端正な顔立ちと温和な性格で従業員みんなから好かれていた。
「味見してくれないか?」
漆塗りの盆の上には、練り切りがひとつのっけられていた。
「また、試作ですか?」
「ああ、春の新作だ」
粧子は盆を受け取ると、目の前まで持ち上げた。
桜の花びらを幾重にも重ねたような形はとても華やかで食べるのが勿体ない。花びらの薄桃色と葉の薄緑が目にも鮮やかだった。
見た目を堪能し終えると、今度は楊枝で中心を割る。粧子はひとくち分を切り分けると口に運んだ。爽やかな餡の甘味が口いっぱいに広がっていく。これは……いちごの果汁?