ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
「おーい、粧子さーん!!」
気がつくと目の前で栞里の手のひらが上下に揺れていた。意識を宇宙の彼方に飛ばしていた粧子はようやく我に帰った。
「す、すみません。少し驚いてしまって……」
「旦那さんが好きってそんなに驚くようなこと?」
「だって、そんなのおかしいわ。私達好き合って結婚したわけではないもの」
あ、言っちゃった。
粧子にとって灯至は夫である前に秘密を共有する共犯者に他ならない。確かに灯至と結婚したお陰で、大叔母の周りにいた五月蝿い人達はなりを潜め静かになった。そのことに感謝はしていても、愛情を抱いているかというと別問題だった。
「好き合って結婚しても離婚する人もいるんだし、結婚してから好きになってもいいじゃないですか?結婚なんて人それぞれでしょう?」
交際ゼロ日で結婚に至った経緯について、他人に詳細を語ったことはない。栞里は粧子達が普通の恋愛結婚でないことを百も承知の上だったようだ。
結婚してから好きになる。栞里が語る恋愛観は粧子にとっては初耳で、目から鱗が落ちるようだった。
好き……。私が灯至さんを……?本当に……?
粧子は勤務が終わるまで答えのない自問自答をいつまでも繰り返したのだった。