ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
リバティガーデンの着工が始まり、ようやく仕事にひと区切りがついた灯至はここ連日早めに帰宅するようになり、粧子と夕食を摂ることが増えた。
一緒に過ごす時間が増えたことは夫への恋心を自覚した粧子にとって喜ばしいどころか、むしろ困ったことになった。
「きゃっ!!」
感情の起伏を表に出さないように努めている粧子だが、この頃は赤くなったり青くなったり、分刻みでクルクルと表情が変わってしまう。テーブル上の調味料を取る手が触れ合っただけでこの騒ぎようだ。
初恋に戸惑う小学生のような典型的な好き避けだということを本人は自覚していない。
「どうした?」
「な、なんでもありません!!拭くものをとってきます」
ダイニングテーブルには小瓶から垂れた醤油が数滴。台拭きを持ってこようとキッチンに駆け込むが、なんでもないと言ったそばから床の上をすっ転んでいく。
お転婆でも粗忽者でもないはずの粧子が素っ頓狂な声をあげるものだから、灯至もどうしたことかと呆れ返った。
「すみません……!!すみません……!!」
「大した怪我でもなくてよかった」
救急箱を持った灯至は問答無用で粧子をソファに座らせた。足を滑らせた拍子に膝を打ち付け少し赤くなったくらいで、大したことはない。