ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
「美味しいです。それに見た目もとっても綺麗……。春らしくて素敵です」
「ああ、良かった……」
泰虎は嬉しそうに顔を綻ばせた。亡き祖父からヒラマツの技と伝統を引き継ぎ体現している泰虎は、名実ともにヒラマツの十二代目に相応しい。
「先週は大変だったそうだね」
「ええ、まあ……」
「政略結婚なんてする必要はないからね、粧子。他人の力を借りることはない。ヒラマツは俺達の手で守っていこう」
泰虎はおもむろに粧子の肩を抱くと、熱い視線を送った。それは妹に向けてもよいとは言えない類のものだった。
「粧子さん、いらっしゃいます?粧子さんに会いたいという方がいらっしゃってます」
扉の向こう側から従業員に呼ばれ、粧子はこれ幸いと泰虎から距離を取った。
「きっとご予約のお客様だわ。ごめんなさいね。泰虎兄さん」
休憩室から出ると着物の襟元を手で押さえ、ふうっと息を吐いた。泰虎の唯ならぬ感情を蝶のようにひらりと躱すのも、そろそろ限界にきているのかもしれない。
粧子は呼吸を整えると、すぐさま店頭とバックヤードを隔てる暖簾をくぐった。
「お待たせ致しました……」
ショーケースの前に立っていたのは、いつも粧子に接客を求めてくる老婆ではなかった。粧子は思わず息を呑んだ。
「貴方は……」
「あんたに話がある」
そこには不機嫌そうな灯至が立っていた。