if…運命の恋 番外編Ⅰ「美しい女性」

勇は暫くぶりに乗馬クラブに訪れていた。
最初そんなに乗馬には興味はなかったが、始めると意外に嵌ってしまうものである。運動神経の良い勇は、数回の乗馬レッスンでしっかり乗れて走れるようになった。乗馬は経験値がモノをいうスポーツだし、ましてや馬と触れ合ったり乗馬をしたり、馬のお世話をしているだけで癒されていたのである。やさしい大きな瞳にポカポカと温かいからだは、心がゆっくりとほぐされていく感じがした。
だから、友人が誘ってくれた時にだけここへ来るようになっていた。
田舎から単身上京し医大に通う勇にとって、乗馬クラブの会費は出せる金額でなかったし、医大に通う友人が一緒の時でないと来れないのだ。
仕送りされてくるお金は、殆どが医学書や授業料になってしまうし、だからアルバイトをしながらの勇にとっては、乗馬クラブなど本来、来れる場所ではなかった。
美子を助けたあの日も、友人に誘われて来ていた日で偶然にも”あの場面”に居合わせたのだった。


勇は優秀な成績で国立大の医学部に入学できた。
福岡の田舎町から東京に出て来て、すでに6年目だったのだが、年が明けた2月に国家試験が控えている。

勇の祖父が町医者で、小さい頃から頭の良かった勇は祖父のすすめで医師を志した。勇の父親は医師ではなく、役所の職につくサラリーマンだった。医師への憧れは、勇は幼い頃から祖父の小さな医院で過ごしている事が多かったのも一つの要因だろう。よく目にする事だったが、祖父は経済的に困った患者に無償で診療をしたり、とにかくお人好しだった。
多額の財産があるわけでもなく、勇に経済的余裕などまったくない。

医大生最後の年、毎年行われるポロ競技(馬上のホッケー)に出場する事が決まり、そのために来たようなモノだったのだ。
このクラブに来るようになって半年が過ぎていたが、そんな勇が先日ちょっとドキドキする体験をした。
事故に巻き込まれた女性を助けた。おまけにその女性をお姫様抱っこして、、
勇にとっても、美子は印象深い女性になっていたのだ。


”あの乗馬クラブに行けば、もう一度彼女に会えるだろうか?”
”会ったところで、何を話す?”


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