猫と髭と夏の雨と
白いバックペーパーの中心で一人の女性がポーズを取ると、瞬時にシャッターが切られる。
見慣れた光景を、いつもの調子で眺めた時には、周りの視線が一気に奪われていた。
理由は単純で、目の前に居る女性を夢中で方々からカメラを構える男性にある。
四十台を迎えて、顔か髭なのか区別の付かない風貌にも相応しい名前の日比谷健。
この男に撮らせれば被写体は人気が出る、などと言われて伝説のように語り継がれている。
根も葉もない噂だ、と本人は何処吹く風だが、大手出版社や他誌の人達までが見物に並んだ状況で想像も容易い。
大勢の期待を浴びる日比谷とは友人の間柄で、今日の撮影を頼りにしたことを後悔していた。
『今日は"女優"だって?』
『そう。まだ、駆け出しで売れてないらしい』
最早、現場では一部として忙しない人々に紛れ込み、呆然としながらも傍らの会話に興味本位で耳が傾く。
『へぇ……、詳しいのか?』
『まぁ、一応ね。確か、名前は"咲山璃乃"で年齢はプロフィールだと二十三歳。でも、実際は二十五、言われないと分からないよな……』
そうだな、と隣の人が代弁者のように呟くのを聞き、指した曖昧さが唯一の特徴か、と勝手に納得したものの、女性の見た目については暗黙の了解が生まれていた。
小細工の無い正面と衣装一つさえも変わらず、何処にでも居そうな雰囲気を漂わせる一方で隠せない物が纏い始める。
例えて言うならば、誰もが羨む"綺麗"と"可愛さ"を兼ね備えた人だ、と答えて一番当て嵌ると付け足す。
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