猫と髭と夏の雨と

おそらく、口にしたところで誰も相手になどしないが、時折として社交辞令の名刺交換に訪れる関係者は軽い笑顔で迎えた。
けれど、思惑通りに事が上手く運ばず、相手は此方の姿を査定しながら早々に会話を切り上げて立ち去る。

その反応を直に聞いたとしても異論はない。
繋ぎ服のポケットに両手を入れた態度、寝癖のような髪の毛に丸い色眼鏡を掛け、口髭から繋がる顎髭と、両耳に下げたピアスが明らかに柄の悪さを強調している。

更に加えて仏頂面した表情から、相手に与える印象が不愉快なのは(もっと)もだった。
年齢を考慮すれば相応に身形(みなり)を整えるのは当然だが、現実では名の知れない奴ほど記憶の奥へと埋もれる。

友人は別格の部類にされ、此方の認識はカメラマンも名ばかりで、底辺を這う存在すらも揶揄(からか)う。

助手で来たのか、女性のファンか、と関係者は矢継ぎ早に問い掛け、(わざ)と雑な笑みを浮かべる。
そこで単純に"財布事情が厳しい"と本音を言えたなら、避けられることもないのか……。

今日は当たりが悪いな、と探る一方で様々な支払いが脳裏を覆い始める。

目の前では休憩の隙間を割いて、友人が資料を手にしながら、女性と話し込んでいた。

彼は熱心に説明している様だが、相手は棒付きの丸い飴を口にしたまま、興味の無い顔で眺めている。

軽く束ねられた紙の中で、自分も含まれるのを知りながら、淡々と捲る姿を捉えていた。
流石に"女優"は態度が悪いな、と印象を着けたが、丁寧に捲る手先には真面目に聞く様子が伺える。

ふと爪先を止めた途端に、視線が此方に向かい始めた。
互いが重なる前に腕を組みながら、当ても無いままに見過ごす。
何をしてるかなど探らなくても判る。

女性は資料と見比べて、好奇な物を投げて居た。
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