猫と髭と夏の雨と

景色ばかりを対象にした奴に人物が撮れるのか、考えを耽る程に答えは"無理だ"と結論を吐き出す。

「済みませんが、お断り……」

「明日、暇?」

けれど、女性は此方に声を被せながら新たな飴をポケットから出し、包み紙を丁寧に剥き始める。

聞き取れない様子や飴を見つめた状態に、断る余地は有りそうだ、と息を吐いた時だった。

「聞こえなかった?明日、暇?」

それは、一部を除いて此方が確認したい事で、更に眉間の皺が深まる。

携帯出して、と女性は一言だけ吐いたあと、飴をくわえたままで左のポケットを探り、同時に右手を見せて来た。

早く、と聞こえた気もするが、反応した身体は自然な動作で左腿辺りに指先を掛け、触れた瞬間に戸惑う。

隣で佇む男性は此方へ絶え間なく鋭い眼光を向け、迂闊を吐けば何も厭わない重圧を醸し出している。

ここは素直に聞いて置くか……。
既に投げ遣りも越された状態で敵にも丸め込まれ、白旗を揚げた兵士のように携帯を渡していた。

女性は手にした物を慣れた指先で操作し、軽く確認してから此方へ差し出す。

「ありがと」

突き返されるままに受け取り、どう致しまして、などの社交辞令さえ言えず、成り行きに任せて黙り込む。
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