木曜日は立ち入り禁止。
細部まで目を凝らすと、

太ももの裏側の小さなあの傷が

ほんの少しだけ描かれていた。

心臓が嫌な音を鳴らした。

ああ
絵というものは
こんなにも残酷に美しく
全てを正直に写してしまう。

「大塚?大丈夫?」

藤くんの声で我に返る。
そもそも藤くんという「男子」の前で無警戒に寝てしまったことを悔んだ。
何をされても文句を言えない状況を作り出してしまったのは、自分だから。

「……触ったり、見たりしてない?」

その言葉に少し驚いた表情を見せた彼は
しっかりと頷いて

「見てないし触ってない。大丈夫だよ」

と言った。

「何か、あった?」

藤くんは心配そうに私の顔を見る。

話すしか、無いのかもしれない。
私はゆっくりと言葉を紡いだ。

「…これ、中学の時付き合ってた彼氏と色々あって、痛めちゃった時の傷なの」

自分の伝え方が遠回しすぎて、
思わず力なく嘲笑してしまう。

被害者面するなんていけないって
自分がよく分かっているのに。

「……怖かったね」

藤くんは驚く様子もなく、ゆっくり私の背中をさする。

「もっと泣いても、大丈夫だよ」

その一言で、私は初めて自分が泣いてることに気がついた。

「吐き出した方が、トラウマとかも解消されるかもしれないし」
「ーーダメだよ、私には泣く資格なんて、無いからっ…」

そう、私に泣く資格なんてあるわけない。
あれは、私がちゃんと話していれば起こることのなかった事件だって。

"彼"もそうやって言っていたから。

「大塚、大塚は優しすぎるんだよ」

私の涙を拭いながら藤くんはぽつりと呟いた。

「大塚は悪くない」

しっかりと、訴えかけるように

藤くんの声は私の頭に優しく響いた。

今は、今だけはいいよね?
甘えても。私は辛い思いをしたんだって、慰めてもらっても。
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