あの日の誓い
行きつけのカルテルバー『ムーンナイト』のカウンター席に腰かけ、店で演奏される生のピアノ曲を聞きながら、古くからの親友斎藤華代が来るのを、今か今かと待ちわびる。
私、岡本絵里と斎藤華代は高校の同級生で、同じクラスだった。毎日顔を合わせたけれど人種が違いすぎて、接点なんてなにもないと最初は思ってた。
私は髪が短くてスポーティな容姿に、部活はバドミントン部に所属。性格は見た目同様にサバサバした、あっさり系なのに対し、斎藤華代、愛称ハナは、男子が好きそうな癒し系タイプのゆるふわ女子。おっとりした口調で喋るところなんて、私からしたら、もっとハキハキしろよと言いたくなるレベル。
同じクラスにいても、お互い挨拶することなく、夏休み前までひとことも喋らなかった。
そんなある日、部活の練習に使うタオルを教室に置き忘れてしまい、慌てて取りに戻った。部活に遅れそうになっているギリギリの時間だったせいで、めちゃくちゃ焦って教室に飛び込み、ロッカーからタオルを手にして戻ろうとした瞬間、誰かと軽くぶつかってしまった。
「ごめんっ! 急いでて目に入ってなかった!」
慌てて飛び退き、ぶつかった相手に頭をさげたら、私の足元にクリアファイルが落ちているのが目に留まった。それは男性グループJアイドルの会員百名限定品で、なかなか手に入らない一品だった。
腰を落としてそれを手にし、私の前を立ちはだかる相手を見やる。そこにいたのは斎藤華代で、おどおどしながら困った様子で私を見上げた。
「斎藤さん、ごめんね。これ……」
私に限定品を人質にとられている現状に困惑しているのか、固まったまま動こうとしない彼女の手に、無理やりそれを押し込んだ。部活に遅れそうになっているし、こんなところでもたもたしている場合じゃない。
「ありがとう」
「それ、すごいね。限定品で、もう手に入らないクリアファイルだよね」
彼女にぶつかってしまったことを無にすべく、知っていることを口にし、そのまま立ち去ろうと思っていたのに斎藤華代に突然、腕を掴まれてしまった。
「岡本さんもしかして、Jアイドルのこと知ってるの?」
「知っているというか、実は好きなんだ。会員にもなってる」
仲のいい友達の中にアイドル好きがいなかったため、あえてそのことを秘密にしていたのだけれど、普段から接触していない彼女にはいいかと思い、事実を告げた。
「岡本さん、今度時間あるときに話がしたい。Jアイドルについて。その……誰が推しとか、さ」
「え?」
掴まれていた腕が解放されたと同時に、彼女が後ずさる。チラッと私の顔を見上げたと思ったら、俯いて体を小さくした。
「岡本さんのその顔、私のことミーハーなヤツだと思った?」
唐突な話題転換に、首をひねりながら答える。
「ミーハーとは思わないけど、意外だなって。Jアイドル好きなコ、周りでいないし」
「そうなの! どうしてあんなにカッコイイのに、みんな騒がないのかなって! 不思議だよね?」
普段のおっとりした口調を封印した、斎藤華代の興奮した声にビビって、上半身をのけ反らせてしまった。
「岡本さん、スマホ持ってる? LINEの交換しよ!」
「え?」
「ここで口約束しても、なんだかんだ理由つけて、逃げそうな顔してる。私そういうの嫌なんだ」
斎藤華代は制服のポケットからスマホを取り出して、警察手帳を見せる警官のように私に見せつけた。
「岡本さんと私、普段から接点なんてなかったのに、いきなり仲良くなったら、周りが困惑するのが想像つくの。そう思わない?」
「はぁ、まあ、うん……」
陽キャグループで、カースト上位の彼女と親しげに話をしたら、これまで仲の良かった友人は驚き、私がそっちに行くのかと思う可能性がある。
「だからさ、学校ではいつもどおりにしたほうが、お互いいいかなと思うんだ。LINEでやり取りして、外で話をしようよ。Jアイドル語りがしたいの!」
という彼女からの提案を受け入れ、暇を見つけてはファミレスやどちらかの自宅で逢うことにしたのだった。
私、岡本絵里と斎藤華代は高校の同級生で、同じクラスだった。毎日顔を合わせたけれど人種が違いすぎて、接点なんてなにもないと最初は思ってた。
私は髪が短くてスポーティな容姿に、部活はバドミントン部に所属。性格は見た目同様にサバサバした、あっさり系なのに対し、斎藤華代、愛称ハナは、男子が好きそうな癒し系タイプのゆるふわ女子。おっとりした口調で喋るところなんて、私からしたら、もっとハキハキしろよと言いたくなるレベル。
同じクラスにいても、お互い挨拶することなく、夏休み前までひとことも喋らなかった。
そんなある日、部活の練習に使うタオルを教室に置き忘れてしまい、慌てて取りに戻った。部活に遅れそうになっているギリギリの時間だったせいで、めちゃくちゃ焦って教室に飛び込み、ロッカーからタオルを手にして戻ろうとした瞬間、誰かと軽くぶつかってしまった。
「ごめんっ! 急いでて目に入ってなかった!」
慌てて飛び退き、ぶつかった相手に頭をさげたら、私の足元にクリアファイルが落ちているのが目に留まった。それは男性グループJアイドルの会員百名限定品で、なかなか手に入らない一品だった。
腰を落としてそれを手にし、私の前を立ちはだかる相手を見やる。そこにいたのは斎藤華代で、おどおどしながら困った様子で私を見上げた。
「斎藤さん、ごめんね。これ……」
私に限定品を人質にとられている現状に困惑しているのか、固まったまま動こうとしない彼女の手に、無理やりそれを押し込んだ。部活に遅れそうになっているし、こんなところでもたもたしている場合じゃない。
「ありがとう」
「それ、すごいね。限定品で、もう手に入らないクリアファイルだよね」
彼女にぶつかってしまったことを無にすべく、知っていることを口にし、そのまま立ち去ろうと思っていたのに斎藤華代に突然、腕を掴まれてしまった。
「岡本さんもしかして、Jアイドルのこと知ってるの?」
「知っているというか、実は好きなんだ。会員にもなってる」
仲のいい友達の中にアイドル好きがいなかったため、あえてそのことを秘密にしていたのだけれど、普段から接触していない彼女にはいいかと思い、事実を告げた。
「岡本さん、今度時間あるときに話がしたい。Jアイドルについて。その……誰が推しとか、さ」
「え?」
掴まれていた腕が解放されたと同時に、彼女が後ずさる。チラッと私の顔を見上げたと思ったら、俯いて体を小さくした。
「岡本さんのその顔、私のことミーハーなヤツだと思った?」
唐突な話題転換に、首をひねりながら答える。
「ミーハーとは思わないけど、意外だなって。Jアイドル好きなコ、周りでいないし」
「そうなの! どうしてあんなにカッコイイのに、みんな騒がないのかなって! 不思議だよね?」
普段のおっとりした口調を封印した、斎藤華代の興奮した声にビビって、上半身をのけ反らせてしまった。
「岡本さん、スマホ持ってる? LINEの交換しよ!」
「え?」
「ここで口約束しても、なんだかんだ理由つけて、逃げそうな顔してる。私そういうの嫌なんだ」
斎藤華代は制服のポケットからスマホを取り出して、警察手帳を見せる警官のように私に見せつけた。
「岡本さんと私、普段から接点なんてなかったのに、いきなり仲良くなったら、周りが困惑するのが想像つくの。そう思わない?」
「はぁ、まあ、うん……」
陽キャグループで、カースト上位の彼女と親しげに話をしたら、これまで仲の良かった友人は驚き、私がそっちに行くのかと思う可能性がある。
「だからさ、学校ではいつもどおりにしたほうが、お互いいいかなと思うんだ。LINEでやり取りして、外で話をしようよ。Jアイドル語りがしたいの!」
という彼女からの提案を受け入れ、暇を見つけてはファミレスやどちらかの自宅で逢うことにしたのだった。