あの日の誓い
(――ハナの不毛な恋愛をとめなきゃ。どう言えば納得してくれる?)

 カクテルグラスの水面に映る私の顔は、明らかに困惑していた。隣で心配する私の気を知らずに、ハナはのんきに独り言を呟く。

「マスターの作るカクテル、本当に美味しいよね。めっちゃ癒されるわ」

「あのねハナ、その……」

 怖々と話しかけた私の様子を不審に思ったのか、小首を傾げながらこちらを見る。

「不倫の代償を考えたことはある?」

「あー、まあね。奥さんに訴えられたら、慰謝料を払わなきゃいけないよね」

「そうだよ。ハナはそういう付き合いを、彼にさせられているんだよ」

 語気を強めて訴えたというのに、ハナはなんでもないように、肩をひょいとすくめる。

「彼だって本当は、奥さんと別れたがってるの。家庭内別居状態だって言ってたし」

「だとしてもだよ、ハナと付き合う以上、彼にはきちんと身辺整理をしてもらわないとダメだって」

「すぐには無理って言われてる。待っててくれって」

「ハナ……」

 不倫する男が言う定番のセリフのオンパレードに、頭痛が増していった。

「絵里は職場でそういう恋愛事情を見てるから、嫌悪感をものすごく抱くのはわかるよ。だけどね、好きになってしまったものはしょうがないじゃない」

「誰かを好きになることについては、私にだってわかるよ。惹かれるものが、彼にあるんでしょ?」

「うん。すごく頼りがいのある、大人な男性って感じ。今まで付き合ってきた年下の男のコたちが、めっちゃお子様に感じるレベル」

 友達だからこそ、ハナの気持ちに寄り添いながら、説得するタイミングを窺った。

「彼が奥さんと離婚してハナと付き合うなら、もろ手を挙げて応援するよ。だけど現状そうじゃないよね」

 そのことがいかにダメなのかを、言葉を選んで語りかける。

「さっき言ったでしょ、すぐには無理だって」

「だったらいつ離婚するの? 家庭内別居状態なら、彼が離婚届を奥さんに見せれば、あっさり印鑑を押してくれそうじゃない?」

「現実問題、そう簡単なものじゃないんだよ。夫婦ってさ、愛情がなくても違う情で繋がってるみたいでね」

「そんな中途半端な状態でハナと付き合うとか、私は信じられない!」

 思わずカウンターに、拳を叩きつけてしまった。

「絵里、落ち着いて。私だって本当は、こんな恋愛なんてしたくなかったよ」

「だったら――」

 言いながらハナの肩に手をかけて、ゆさゆさ揺さぶってしまった。

「変に焦らせて、彼との恋を拗らせたくない。離婚してって迫って、ウザい女だって思われたくないよ」

 好きな相手に嫌われたくないというハナの気持ちは、痛いくらいにわかる。だけどこの恋愛は、誰が見てもリスクが高すぎるものだ。

「あのねハナ、彼に逢うことはできないかな?」

「……絵里が彼に逢って、変なことを言う気じゃないよね?」

「言わないって、ハナをよろしくお願いしますって言うだけ。私の親友を大事にしてほしいから」

 思っていることを告げた私を、ハナは猜疑心を含んだまなざしで見つめていたけれど。

「わかった。絵里のシフトを教えて。それをもとに、彼と逢えるように調整するから」

 こうして、ハナの彼氏と逢う約束を取りつけることに成功した。不倫させる彼氏を懲らしめるべく、私はその日までに言いたいことをまとめたのだった。
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