真面目な鳩井の、キスが甘い。
 恥ずかしい。やってしまった。

 そうだよ、眼鏡が壊れるなんてよくあることじゃん。

 たまたま、偶然、辻褄があっちゃっただけ。

 鳩井が私にキスするなんて、ありえないし。



「ちょっとトイレ」


 低く小さな声を合図に後ろの鳩井が立ち上がる気配がして、風と共にフワ、と爽やかな匂いが鼻を掠めた。

 それは、昨日嗅いだ匂いと同じ、ナチュラル石鹸の香り。


「……美愛」

「んー?」

「トイレ行ってくる」

「あいあいさー」


 私はリコーダーを置いて鳩井が出てった扉から音楽室を出る。

 一気に喧騒が遠くなって、長く続く廊下に足音だけが響いていた。

 豆粒くらい小さく遠くを歩く鳩井はもうすぐ廊下の角を曲がろうというところで、私は小走りでそれを追いかける。


 ……さっきの匂いは、撮影所でだーさんに起こされる前に嗅いだ匂いで間違いない。

 だって私は嗅覚だけは敏感だとよく言われる。

 これも偶然?

 そんな偶然、あるのかな

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