真面目な鳩井の、キスが甘い。
 考え事をするとき親指で下唇を押す癖とか

 花粉が多い日にはちょっと瞬きが多くなる切れ長の目とか

 風に揺れてたまに見える前髪の奥と、

 聞くたびに胸が高鳴る、静かな低い声。


 あのとき私が鳩井に抱いていた気持ちは、

 もどかしくてどうしようもないあのときの気持ちは、

 席替えと共に鳩井の隣に置いてきた。

 ……はずだった。





「……鳩井」


 3階まで階段を登り切ったところで声をかけると、鳩井が足を止めて振り返る。


「……あっ、えっと……前、席が隣だったときうるさくしちゃってごめん!いっぱい話しかけちゃってうざかったよね?ずっと謝りたかったんだ、ほんとごめん!」


 鳩井の目が自分に向いてることにまたドキドキしてしまうのを、誤魔化すようにヘラヘラ笑いながら言う。


「これからはまたいちクラスメイトとして!平和に静かに……はできないかもだけど、迷惑がないように気をつけてまいりますので!」


 私はビシッと敬礼してみせるけど、もちろん鳩井の顔色は変わらない。


「……」


 しばらく敬礼したままこのあとどうしようかとぐるぐる考える私を、ずっと静観していた鳩井が小さく口を開いた。


「……楽しかったよ」


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