真面目な鳩井の、キスが甘い。
 チクリ。

 罪悪感が胸を刺した。

 その痛みにせっつかれるように歩くスピードをさらに速めた、その時だった。


「鳩井くん!」


 後ろから声をかけられて、振り向く。


「……幸村さん?」


 同じクラスの、同じ図書委員の、幸村さん。

 僕と同じくあんまり運動が出来ない彼女が一生懸命息を切らして走ってくるので、足を止めるよりほかにない。


「どうしたの?」

「はぁっ、はぁっ、あの、あのね……っ」

 幸村さんは「これ!」とピンク色のタオルを差し出した。

「……?」

「こっ、これ、使ってください……っ」

「え……?でも、」

「大丈夫!私、いつもタオル二枚持ってるから……!」

 顔が赤い幸村さんは目をギュッと閉じて、両手でタオルを僕に突きつける。

「……」

 わざわざ追いかけてきてくれた幸村さんの厚意を無下にすることはできないと、タオルを受け取った。

「ありがとう。洗って返します」

 頭を下げて言うと、幸村さんがこちらを見上げて嬉しそうに笑った。

「あっ、あの、付き添います……!」

「……大丈夫だよ。たかが鼻血だし」

「いや、でも、先生いなかったら……っ、ほら、今鳩井くん片手、ふさがってるわけだし……!」

 顔を赤くして身振り手振りで一生懸命話す幸村さんに、嫌な気持ちになる人はいないと思う。
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