真面目な鳩井の、キスが甘い。
「ごめん……好きな人いるから」

「……!」


 これが一番相手を傷つけない、確実な断り方。

 もっとも、相手を傷つけない断り方なんてないんだけど。


「……そ……っ、そっ……かぁ……」


 幸村さんが必死に泣くまいと、苦しそうな笑顔を作る。



 ミチッ、ミチッ、ギリギリギリギリ、

 ……胃が痛い。

 でも、



「じゃあ仕方ないね」



 今痛いのは、幸村さんのほうなはず。



「……保健室、一人で行けるから……大丈夫、です」

「あ、うん……ごめんね……っ」


 幸村さんは泣きそうな顔で笑って、背を向けて走り出す。



 ごめん

 ごめんなさい

 好きになってくれたのに何も返せなくて

 ……ごめん



 その背中に何回謝ったって、幸村さんの傷は癒えない。

 血で染まるピンクのタオルがいたたまれなくなって鼻から離したら、もう鼻血は止まっていた。


 ミシミシ、ミシミシ、ギリギリ、ギリギリ、


「…………っ」


 とにかく横になりたくて保健室へと足を速めた。そして保健室の前に辿り着くとあったのは、

 『職員会議中。用のある生徒は職員室へ』

 扉に貼られた鬼塚先生の走り書き。

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