小児科医の恋愛事情 ~ 俺を選んでよ…もっと大事にするから ~
「一度だけ・・・・何?」

俺はできるだけ表情を変えないようにして、彼女に言った。

「あ、うん・・。私、酔った勢いで一度だけ・・」

思わずぎゅっと目を閉じる。



「『お父さん』て、呼んでしまったの」



あ・・れ・・?

なんか、考えていたことと違うような・・。

違う・・よな?


「・・神崎先生を・・酔った勢いで・・お父さんと呼んだ・・・・?」


そう繰り返した俺に、彼女は頷く。
『それで問い詰められて、父親だと気づかれちゃったのよね』と彼女は肩をすくめた。


な・・んだ。


「なんだ・・・・そういうことだったのか・・。あーもう」


思わず声になって出ていった。

「え? あ! もしかして・・ハルも祐一郎も同じ勘違い? もう、ハルったら人の話をいつも最後まで聞かない上に、そのまま祐一郎に話すから・・。まったく・・どうして私があんなオジサンと・・」

呆れ顔の彼女に近づき、俺はぎゅーーーっと彼女を抱き締める。
そして耳元で囁いた。

『勝手に勘違いして、勝手に嫉妬してた』

彼女は俺の腕の中で、クスクスと笑っていた。

故意に彼女とふたりきりになるようにしたり、ふたりだけの出張を組んだりしたのは、少しでも娘との時間を取り戻そうとしたからなんだろう。

でもそれを、彼女は受け入れなかったんだ。
変な噂が立って、神崎先生のご家族を傷つけてしまうのは本意ではないから。

俺が新神戸で見た彼女の困惑した表情も、きっとその時と同じだったのだと思う。
彼女は彼女なりに、お母さんがずっと心に秘めてきた想いを尊重していたのだと感じた。

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