この契約結婚、もうお断りしません~半年限定の結婚生活、嫌われ新妻は呪われ侯爵に溺愛される~
「…………ご令嬢、どうか今夜、あなた様をエスコートする栄誉を与えてくださいませんか?」
「…………喜んで」
音もなく馬車から降り立つ。ひしゃげたクマのぬいぐるみは、残念ながら馬車にお留守番だ。
周囲が私たちに視線を集中させる。
悪女と悲劇の貴公子。
それとも、恋を叶えた幸せな恋人たち。
そんな周囲の評価なんて、どうでもいい。
ただ、目の前の人しか見えない。
「――――夢みたい」
「夢じゃない」
引き寄せてきたディル様の手には、白い手袋がはめられている。
やり直す前、私は一人屋敷の部屋に引きこもっていた。
もしも、ディル様がほかのご令嬢と一緒に現れたら、と思うだけで部屋から出る勇気すらなかった。
「ディル様が、目の前にいる」
「…………ずいぶん小さな夢だな」
「ずっと、憧れていたので」
新入生の代表挨拶に立ったディル様は、きっと王子様なのだと思った。
絵本の中からそのまま出てきたんじゃないかと思った。
だけど、正装姿のディル様は、あの時よりも何倍も光り輝いているようだ。
「魔法をかけてください」
「何の魔法をご所望ですか?」
「ディル様の隣に立つのにふさわしいお姫様になれる魔法を」
「――――そんな魔法なくたって、ルシェは俺にとって……」
その言葉の続きは告げられない。
けれど、手の甲に恭しく落ちてきた口づけは、私に解けない魔法をかけてくれたのだった。