先生の隣にいたかった



「いお〜、お疲れ」



英語が終わって、日向が教室に戻ってきた。


私と違って、日向は上のクラスだった。




「日向、先生どんな授業だった?」




「今日は、先生にみんな質問ばっかりで、
授業はしなかったよ」



…質問。


生徒は何を質問して、
先生はそれになんて答えたんだろう。




聞きたいけど、
私は先生の口から聞きたいって思った。




こうやって、みんなは、
どんどん先生のことを知っていくのに、
私は全然知らない。




それが今は、一番嫌だった。

  

「教えようか?」



「え、いや、いいよ」



笑って誤魔化したけど、日向には怪しまれた。



「…いお、



先生のこと好きでしょ?」 


「!?…そ、そんなわけないじゃん」


「やっぱり」

そう言って笑われた。




「…なんとも思わないの?」




「?別に?

だって、好きになるのなんて、


年齢とか関係ないと思うから」




関係ないと言ってくれた瞬間、
私の中の何かが軽くなった気がした。




「…ちょっと、行ってくる」



「え、どこに!?」



日向に聞かれたことを答えずに、
教室を出て走った。



行くところは、決まっている。




先生がいるかは分からないけど、
二人で会えるのはあそこしかないから。




「先生!」


扉を勢いよく開けて、先生を呼ぶ。






でもやっぱり、先生の姿はどこにもなかった。




いるわけないか。

入学式の日に二人で話せてから、
まだ一日しか経っていないのに、

先生と二人で会いたくて、

会えないことが苦しかった。




「…先生」




そう声に出しても、
私の名前を呼ばれることはなかった。


周りの生徒の声に、掻き消される。






それから、何分経ったのだろうか。



授業は始まっているのに、
私は今もずっと屋上にいた。







「…いお?」




「え?」





名前を呼ばれて、
振り返ると先生が立っていた。





やっと二人で会えた。


先生にはたくさん聞きたいことがある。



でも、一番言いたくて言えないことがある。







会いたかった。



そのひとフレーズだけは、絶対に言えない。


私たちの中で、
何かが壊れるかもしれないから。






「サボり?」

  
「…先生がいるかなって思って来たんです」

 


「待ってたの?」


 
「…は…い」
やっぱり面と向かうと恥ずかしい。  



「そっか。





…可愛い」


「え?」




「でも、入学式の次の日の授業をサボる人は、初めて見たな」



そう言いながら、笑っていたが、
私はそんな話、全く耳に入らなかった。



だって、今、可愛いって。





私の聞き間違い?



私は恥ずかしくなって、
その場から逃げようとした。

  






「もう行くの?」


そう言って、先生は私の腕を掴んだ。

  




「…はい」


「どうして?」



…先生が悪いんじゃないですか。






「俺のせい?」




「…」






でも、勝手に聞き間違えたのは、
私だから、先生のせいとは言えない。




「って俺のせいしかないか」




そう言っている先生が、
少し悲しそうに見えた。




「…違います。



私が、その、聞き間違い?をしたみたいで




…恥ずかしくなっただけです」




「………それ






聞き間違いじゃないよ」


「え?」







「…可愛いでしょ?



…合ってるよ」



嘘…。



そんなわけない。

私は、信じられなかった。



「…先生、それ誰にでも言ってるんですか?」


「いや、可愛い子にしか言わないよ」


恥ずかしさを紛らわすために聞いたのに、
まさか、そんな回答が返ってくると思わなかった。


先生は、さらに恥ずかしくなった私が
面白いのか、隣で笑っていた。

もう最悪だ。


「先生…。


そういうの、勘違いするので、



やめてください」






「…勘違い?」




「もういいです」



先生は、私の気持ちに気づいていない。


だから、そんなことを平気で言える。



先生にとって、



私はただの生徒でしかない。


そんなことわかってたけど、悔しかった。



私は、扉を前にふと立ち止まった。



そして、先生の方を見た。




前と同じ、
何かに苦しんでいるような表情をしていた。




「…先生」



「!?まだいたの?」




「…相談してもいいですか?」


「いいよ」



なんて言えば、
先生を楽にさせられるかなんて分からない。


でも、今私にできることは、
先生の苦しみに気づいてあげることだと思ったから。



「ずっと、
一緒にいたいって思える人がいるんです。

でも、その人は、
何かに悩んでいるみたいなんです。


私は、なんて声を掛ければいいか、
分からないんです。

先生ならどうしますか?」



その質問に、先生は難しい顔をした。


しばらく考えた後、先生は一言だけ言った。




「ただ、



そばにいてあげればいいんじゃない?」




「…いるだけでいいんですか?」




「待っていれば、相手が話したいタイミングで話してくれると思うよ」




話してくれる。






なら、先生もいつか話してくれる?




もし話してくれるんだったら、



私は信じて待つよ。



「分かりました。

先生、私待ちます。





そばでずっと待ちます。






いつか、話してくれるって信じて」



「うん、それがいいと思うよ」






先生に言ってるんだよ。




それが少しでも伝わるように、
私は先生の目を見て言った。

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