先生の隣にいたかった
あれから授業に戻っても、ずっと先生のことで頭がいっぱいだった。
そのまま下校時間になり、
私はまた一人で、教室に残っていた。
先生の苦しそうな顔が、
今でも鮮明に頭に浮かぶ。
私は、先生に何をしてあげられるのか。
考えても出てこない。
でも、先生が言ったから。
ただ、そばにいてあげればいい、
待ってればいいって。
だから、私は待ってるって伝えた。
でも先生は、私が先生に伝えたことも、
多分気づいていない。
だから、先生は今も、
ずっと一人で苦しんでいる。
たとえ、私に話してくれたとしても、
それに対して、いい言葉をかける自信はない。
でも、先生が少しでも楽になるなら
それでよかった。
「…七瀬?」
机にうつ伏せの状態だった私の頭上で、
名前を呼ばれて、勢いよく頭を上げた。
「……えっと、ごめんなさい。誰ですか?」
本当に申し訳ないんだけど、私はこの学校の生徒で、日向しか話したことがなかったから、クラスの人の名前と顔が、まだ一致していなかった。
「同じクラスの榊原翔太。よろしく」
「榊原君。よろしくね。
…で…どうしたんですか?」
急に話しかけて来たから、
おそらく用事だろう。
でも、榊原君と話したこともなかったから、全く見当がつかなかった。
「いや、七瀬と話したいなって思って」
「あ、なるほど」
「あ、翔太でいいよ。後、敬語なしね」
「うん、分かった。私もいおで」
「おう。……じゃあ、俺帰るわ」
特に何も話さずに、
教室を走って出て行った。
「…変な人」
「誰が?」
「!?先生」
翔太が教室から出てすぐに、
先生が教室に入って来た。
「で、誰が変な人なの?」
「え、あ、翔太です。榊原翔太」
そう答えた瞬間、なぜか先生は少し目を見開いたように見えた。
「…榊原と仲良いの?」
「?いえ、さっき話しかけられただけです」
「へ〜、なのに下の名前で呼ぶんだ」
「…はい?」
「いや、なんでもない」
また初めて見る先生。
少し怒っているような気がした。
でも、屋上にいる時の苦しそうな表情は、一切していなかった。
私に話してくれる日は、くるのだろうか。
先生は待っていればいいって言っていたけど、待つだけじゃダメな気がした。
でも、聞くなんてできない。
「先生。
私が、屋上で話したこと、覚えてますか?」
「大切な人が、何かに苦しんでるって話?」
「はい。
…先生は、大切な人っているんですか?」
返ってくる答えが怖くて、聞きたくない気持ちもあったけど、それでも聞きたかった。
「…いるよ」
そっか、いるんだ。
でも、その人が先生を悩ませているんでしょ?
その人を考えたのか、屋上でいる時と同じような、辛そうな表情をしていたから、すぐに分かった。
「先生は、
何をそんなに悩んでいるんですか?」
「え?」
「先生を見てればわかりますよ。
先生の大切な人のことで、悩んでいるんですよね?」
言うつもりじゃなかった。
でも、これ以上辛そうな先生を見たくないって思ったから。
先生のためだと思ってたけど、
そうじゃなくて、
私が辛いから。
だからと言って、私が解決できるわけない事ぐらい分かっている。
「いおには言えない」
「…どうして…」
「いおは
……生徒だから」
そうはっきり言う先生は、どこか決心しているようにも見えた。
私は先生に近づけてると思ってた。
一緒に観光地に行って、
屋上でこっそり会って。
先生は私を生徒としてしか見てない。
そんなことぐらいわかってた。
わかってたけど、それでも、
先生と少しでも長く
一緒にいるだけで嬉しかったから。
でも、実際にそう言われるとやっぱり辛い。
泣きたくないのに…
一番先生が泣きたいぐらい、
苦しんでいるかもしれないのに、
涙が勝手に頬を伝っていく。
一つ、二つと流れれば、止められなくて。
でも、先生は何も悪くない。
私が勝手に先生に近づけてると思って、特別なのかもって思い込んで、勝手に傷ついただけ。
なのに先生は優しいから…
だから言うんだ。
「…ごめん」
私は首を横に振るだけで、
何も言えなかった。
でも、このまま、
これから先生と話せなくなるのは嫌だった。
だから私は、泣きながらでも精一杯の笑顔を向けて言ったんだ。
「私は…先生の味方です。
だから、無理だけはしないでください」
それだけ言って、教室を後にした。
その時の先生は、やっぱり辛そうだった。
私には何もできなかった。
先生は教師で、私は生徒だから。