先生の隣にいたかった

学校に着くと、いつものように先生が校門の前に立っていた。


「おはよう」


「…おはようございます」



体育祭の日、あんな別れ方をしたから少し気まずかった。

でも、それより私は教室に行って、早く座りたかった。

体がだるくて、少しめまいもして、
限界がきていた。




「…いお?」




名前を言われた瞬間、
足を止めて周りを確認した。


学校で、生徒がいるときに名前で呼ばれるのは、初めてだった。
でも、周りには先生と私しかいなかった。



「…大丈夫?
その…
顔色があまり良くないみたいだけど…」



「…大丈夫です」



そう言って私は、
先生に背を向けて歩き出した。



翔太に伝えないといけない。

でも、先生ともきちんと
話さないといけない。
なのによりによって、今日の体調は最悪だ。


教室についてすぐに私は机に伏せた。




「…熱か」



小さな声で呟いた声は、
誰もいない教室の静寂に、呑み込まれた。


「いお!おはよう」



そんな時、日向が教室に入ってきた。

私が顔を上げると、日向の笑顔は、
一瞬に消えていった。



「え、大丈夫!?すごい顔色悪いよ?」




莉乃、日向、それに先生に言われるほど、
私は顔色が悪いんだろう。



「…保健室行く?」


「大丈夫だよ」



今作れる笑顔を向ければ、
ますます不安そうな顔をする日向。

多分、私が体育祭の前に倒れて、救急車に運ばれたから、心配してくれてるんだろう。



「本当に…大丈夫だから。

ちょっと寝たら良くなるよ」



「本当にしんどくなったら、
保健室行くんだよ?」

私は出来るだけ、自然な笑顔で頷いた。


そして、私はまた机に伏せた。


何分経っただろうか。


教室は、生徒の声で騒がしくなっていた。

でも、その声が女子たちの黄色い声に染まる。

それは、翔太が来た時だ。


ならもうすぐチャイムが鳴る。
翔太はいつも、チャイムが鳴るぎりぎりに来ていたから。



「いお」



頭上から不意に名前を呼ばれ、
反射的に頭にあげる。



「大丈夫か?」




翔太…。




「…翔太、後で話したことがあるの」




「…おう」



話さないと。

きちんと私の気持ちを。

私がそう言うと、翔太は席に戻った。
そのタイミングで、チャイムが鳴り、緑川先生が入ってきてホームルームが始まった。



ダメだ…。


頭がぼーっとして、
全く先生の話が入ってこなかった。



「では、今日も一日頑張りましょう」


先生がそう言うと、生徒たちは席から立ち上がり、友達と話したり、廊下に出たりした。




「…翔太」



私は、翔太に声をかけ教室を出た。
その後を翔太もついてきた。


そして、私たちは体育館の裏に行った。
ここには、生徒や先生たちは誰もいなかったから。


「…翔太…。その、告白の事なんだけど


…ごめんなさい」

私は深く頭を下げた。






「そっか。理由…聞いてもいい?」




「私…好きな人がいるの」



先生が好き。



でも、それは言えなかった。


「俺が入る隙間もないぐらい、
その人のことが好き?」



好きだよ、大好き。


その想いを込めて、翔太の目を見て頷いた。








「…なら、応援する」


「え…?」 


「だから、応援するって言ってんの」



予想外の言葉だったから、
言われた時は意味が分からなかった。


でも、意味がわかった瞬間、
私の頬に涙が伝った。




「…ありがとう」


「泣くなって」


そう言って、
翔太は笑顔で私の涙をそっと拭ってくれた。



でも、その笑顔は本当の笑顔じゃないことぐらいすぐ分かった。



「…ごめんね」




「謝らなくていい。

いおは、
気持ちを教えてくれただけなんだから」



翔太には、ありがとうとごめんね、だけは伝えないといけなかった。

だから、謝らなくてもいいって言われても、私は心の中でもう一度言った。

ありがとう、そしてごめんね、と。


「でも、振られる事はなんとなく分かってたな〜」



「え…?」


「なんか、そんな気がした」


さっきとは違って、
吹っ切れたって感じの笑顔だった。


だから、私も少し安心した。



「翔太…。
私は翔太のこと友達として大好きだよ。
だから…こんなこと、私が言うのもおかしいと思うけど、これからも、今まで通りの友達でいてくれないかな…?」





「そんなの当たり前じゃん?」




当たり前。


翔太にとって、私に振られても、そうじゃなくても、今ままでの関係でいる事は当たり前だったんだね。


私は、何をそんなにも
心配していたんだろう。

翔太は、きっと今までの関係でいてくれるってどこかで思っていたのに、いつの間にか、よくないことばかり考えていた。








「で、わざわざこれを言うために、学校きたの?」





「…え?」




「熱、あるんでしょ?」



そう言って、翔太は手を伸ばし、
私のおでこにそっと触れた。


翔太の手はとても冷たく感じた。
だから大丈夫かなって思ったけど、
そうじゃない。

私のおでこが、熱すぎたから
冷たく感じただけだった。




「…やっぱり」



「…この休みの間、ずっと言わなきゃって思ってて、今日休んじゃったら、また言う機会がなくなるって思ったから」




「俺は別に、今は返事しなくてもいいって言ったよね?


…前か後ろどっちがいい?」



「…えっと、どうゆう事?」


翔太の言っていることがわからなくて、
首を傾げた。



「…だから、





おんぶかお姫様抱っこ」




「え!?な、なんで?いいよ。

…大丈夫だから」



私は恥ずかしくなって、翔太に背を向け歩き出そうとした時、目の前の視界が一気に歪んだ。



倒れる、



そう思ったけど、
翔太が支えてくれて倒れなくて済んだ。



「…全然大丈夫じゃねーじゃん」



「え!?待って、下ろして!」



支えてくれたと思った瞬間、
翔太は私を持ち上げた。



「お姫様抱っこなんてしてるところ、
みんなに見られたらやばいよ!?」



「…どうして?」



どうしてって。
翔太は、自分がモテることを自覚していない。



「いいじゃん別に。




俺ら友達でしょ?」




「いや、まぁ、そうだけど…いや、でも下ろしてよ」






「暴れないでくれる?落ちるよ?」



翔太の身長的に、
ここから落ちたら結構痛そうだった。
私は諦めて大人しく、されるがままの状態だった。


途中、数人の生徒に見られたけど、
男子だったからまだよかった。




でも、まさか、先生が見ていたなんて、
私は思ってもいなかった。

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