先生の隣にいたかった
「明日から夏休みに入ります。
怪我、事故ないように、気をつけて過ごしてください」
帰りのホームルームで、先生がそう言うと、みんなは一斉に教室を出て行った。
みんな嬉しそうだった。
普通は、嬉しいに決まっている。
私は正直、はじめは嬉しくなかった。
でも、先生と花火を見る。
その予定が入っただけで、
夏休みが楽しみになった。
「いお、夏休み最後の日、空いてる?」
翔太が、後ろから声を掛けてきた。
「…ごめん。
夜以外なら大丈夫なんだけど…」
「そっか。
…なら、その前の日は?」
「それなら大丈夫」
「じゃあ、また連絡する」
そう言うと、翔太も教室を出て行った。
「夏休み最後の日って、絶対、花火一緒に見よってことだったよね!?」
「…そうかな?」
「どうしてその日の、しかも夜に限って、
予定入れちゃうの!?」
…先生と花火見るんだって、言ってしまいたいけど、絶対に言えない。
先生は、他の人たちにバレないように、私と約束はしなかった。
先生は、屋上で見るとしか言わなかった。
だから、日向に言えるはずもなく、
怒っている日向に苦笑した。
「…先生となんかあった?」
「!?」
日向の口から、こんな言葉が出てくるなんて思いもしなかった。
「話せない事なら、全然話さなくていいんだけどね、私はどんなことがあっても、いおの味方だから」
「…日向。…ありがとう」
いつかは話せると思うよ。
それが、いつになるのかはわからないけど、必ず話すつもりでいる。
先生との…思い出を。
「じゃあ、私もう行くね」
「うん、じゃあね」
そして日向も帰って、いつのまにか教室にも、廊下にも、生徒の姿は見えなくなっていた。
「いお、まだいたの?」
そう言って、教室に入ってきたのは、
翔太だった。
翔太は、サッカーの練習着を着ていた。
「…部活、もう決めたんだ」
「まぁ、俺にはこれしかないからさ」
そう言う翔太は、苦笑しながら、少し過去のことを話してくれた。
「俺さ、父さんにすすめられて、
サッカー始めたんだ。
でも、中学の時に、突然事故で死んで、
サッカーを辞めようとも思った。
……サッカーをしていると、どうしても
…父さんを思い出してしまうから」
翔太は、お父さんのことが、
好きだったんだね。
話している時の顔を見ていると、
それがすごく伝わってきた。
「でも、他に何も出来るものがなかった。だから、今までずっとサッカーを続けてきた。
それに、サッカーは、父さんとの思い出でもあるから、今は、これからもずっと続けたいって思ってる。
……いおは?」
「え…?」
「部活、決めた?」
先生に誘われたから、
サッカー部のマネージャーをする。
そんな事を翔太に言えるはずもなかった。
でも、翔太の話を聞いて、翔太を支えたいとも思った。
これが理由だったら、いいのかな。
「…どんな理由でも、いおがしたいと思うものをやればいいんじゃない?」
「…男子サッカー部のマネージャー…
…してみようかなって…」
「…本当に?」
やっぱり困るよね。
…聞く前にやめとけばよかった。
「ごめんね…迷惑だよね」
「迷惑なわけねぇじゃん」
「え…?」
「…いおが見てくれるなら
…もっと頑張れるからさ」
私がいれば、もっと頑張れる。
そう言ってもらえたのが、
すごく嬉しかった。
「ありがとう」
「…何が?」
全部だよ。
いつも翔太には感謝してるから。
たとえ、私が邪魔だとしても、
翔太は絶対にそれを言わない。
私のしたい事なら、
やればいいって言ってくれる。
そんな優しい翔太に、
私は救われているんだよ。
「なんでもない。いってらっしゃい」
「…おう。じゃあまた」
翔太を見送った後、
私は急足で職員室に向かった。
「柴咲先生なら、さっき出て行ったよ」
「…分かりました。ありがとうございます」
私は、職員室を出てすぐに、
屋上に向かった。
先生がいるなら、
あそこしかないと思ったから。
「先生!」
でも、勢いよく開けた扉の先に、
先生はいなかった。
少し待っても、先生は来なかった。
明日から夏休みで会えなくなるから、
どうしても会って伝えたかった。
でも、どんなに待っても、
先生が屋上に来ることはなかった。
だから、私は諦めて、
重い足取りで学校を出た。
「いおちゃん!」
後ろから、突然声をかけられたので、
振り返ると成川くんが立っていた。
「…どうしたの?」
「一緒に帰りたいなって思って、待ってた」
「…どうして、私なの?」
「気になるから?いや…
…一目惚れ?」
「!?」
一目惚れしたなんて、初めて言われた。
「それよりさ、俺のこと名前で呼んで」
「あ、うん」
「…いおちゃんは、好きな人いるの?」
…いるよ。
でも、それは絶対に叶わない恋だから。
今も…
…これからも。
「…いないかな」
片想い。
そう思うと辛くて、伊月君に嘘をついた。
「…じゃあ、俺にも
チャンスあるってことだね」
喜ぶ伊月君に、何も言えなかった。
でも、
伊月君を好きになることはないと思う。
それは、翔太も同じで、好きにはなれない。
たとえ、先生に直接振られても、
私はずっと先生が好きだから。
苦しくても、辛くても、忘れられない、
そんな恋をしているから。
「…いおちゃん」
「何?」
「…なんでもない」
伊月君は、何か言いたそうな表情を
隠すように、微笑んだ。
その時、伊月君は気づいたんだと思う。
私には好きな人がいて、
その人以外を好きになることは、
ないということを。
でも私は何も言わなかった。
…言えなかった。