先生の隣にいたかった



夏休みに入ってすぐ、私は莉乃と一緒に、
前に一度行った公園に来ていた。




「最近、先生とはどんな感じなの?」



「実はね……直接じゃないんだけど








…振られちゃった…」




自分で言葉にするのは、
思っていた以上に辛かった。




「…好きじゃないって、



言われちゃった…」



莉乃は、涙を止められなかった私を
優しく抱きしめてくれた。




「でも…







…好きだから…





…どうしても諦められない」



自分が思っている以上に、
先生のことが大好きだから。




「…いお。



絶対…後悔だけはしないで。







…私のようにはならないでね」





「…莉乃?」






「…ごめん」




莉乃は、涙を流していた。
初めて見る莉乃の涙だった。




それに、(私のようにはならないでね)この言葉の意味が、私には分からなかった。




でも、莉乃は今でも苦しんでいる。




それを初めから分かっていたはずなのに、
私ばかり莉乃に甘えていた。


莉乃は、一切弱音を吐かなかった。




そんな莉乃を優しく抱きしめ返すこと。
今の私には、これしかできなかった。





「なんでも話して。私はいおの味方だから」




「…ありがとう。
莉乃も私でよければなんでも聞くから
…もっと頼ってね」






莉乃みたいに、誰かの背中を押せるような言葉をかけることは、出来ないかもしれない。



私にとって莉乃は、
隣にいてくれるだけで安心できる場所。




だから私は、莉乃が
安心できる場所になりたかった。



これからもずっと、

隣にいたいと思った。







「いおちゃん…?」



「…伊月くん?…どうしてここにいるの?」



「家近くなんだ」



「お兄ちゃん、誰?」



そう言って、伊月君の足元から顔を出したのは、小学一年生ぐらいの女の子だった。



「同じクラスの友達。挨拶できる?」


伊月君がそう言うと、
女の子は私たちの方を見た。





「…成川皐月です」



恥ずかしそうにしながら、
名前を言って頭を下げた。





「俺の妹」




「…可愛いね。
私は、伊月君と同じクラスの七瀬いおです。皐月ちゃんよろしくね」




私が笑顔でそう言うと、皐月ちゃんも緊張が解けたのか笑顔で頷いた。




「えっと…」



「あ、私はいおと同じ寮の神崎莉乃です。いおと同級生だから、伊月くん?とも同級生です」




その後、少し沈黙が続いた。
でもそれを破ったのは皐月ちゃんだった。




「…いおちゃんはお兄ちゃんの
彼女さんですか?」






「え!?ち、違うよ〜」




まさか、皐月ちゃんの口から
そんな言葉が出てくるとは思わなかった。










「…俺は好きだけどね」




隣にいた、私にしか聞こえないような、小さな声で言う伊月君の服を少し引っ張った。




「…皐月ちゃんの前でやめてよね」 



「聞こえてないよ?」



「そう言う問題じゃないよ」





そうやって伊月君と言い合っている間に、
入ってきたのは莉乃と皐月ちゃんだった。






「全部聞こえてるよ?ね?」





「うん!」



そう言って、莉乃と皐月ちゃんは、
二人で顔を見合わせて笑っていた。




「ほ、本当にそういうのじゃないからね?」






「分かってるよ。
皐月ちゃん、残念だけど違うみたいだね」





「…いおちゃんがお兄ちゃんの彼女だったら、いっぱい遊んでもらえたのに」





そう言って、本当に残念そうにする皐月ちゃんを見ると、少し胸が痛んだ。




「皐月、お兄ちゃん頑張るからな」




「お兄ちゃん、
いおちゃんのこと好きなの?」




その質問に迷いなく頷いた伊月君。




「いおちゃんは?

お兄ちゃん…好き?」




その質問に少し考える。
そして、すぐに口を開く。








「…好きだよ」



そう言って、伊月君の方に視線を移すと、
驚いていた。





「…でもね、皐月ちゃん。
それは、友達として好きってことかな」





そう言うと、
皐月ちゃんは悲しそうな顔をする。


それは、伊月君も同じだった。





好きな人に好きじゃないって言われるのが、どれだけ辛いのか私は知っているから。




「皐月ちゃん、いおはお兄ちゃんと少し話したいみたいだから、二人で遊ぼっか」




少し重たくなった空気を
莉乃が変えてくれた。





「莉乃、ありがとう」



「皐月ちゃんは任せて。ごゆっくり〜」



そう言って、莉乃と皐月ちゃんはブランコがある方に走って行った。




さっきまで、私と莉乃が座っていたベンチに、伊月君と座った。







「…ごめんね」





「どうして?」





「皐月ちゃん、悲しんじゃったから」










「…なら俺と付き合う?」




「!?」







「…嘘だよ」




そう言って笑う伊月君は、
やっぱりしゅう君に似ている気がした。




本当は辛いはずなのに、




そんな表情を一切見せない伊月君は、





かっこよかった。




「じゃあ、そろそろ帰るね」


「うん」






「皐月、帰るよ」




伊月君が声をかけると、
笑顔で走ってくる皐月ちゃん。




その笑顔は伊月君にそっくりだった。





「じゃあまた、二学期」




「うん、またね」



「いおちゃん、莉乃ちゃんまたね!」




皐月ちゃんの笑顔の中には、
一点の曇りもなかった。





伊月君と同じで、優しい子だから。



でも、私にとって、
それを見るのが辛かった。




どうしても、私のせいでみんなを苦しめているって思ってしまうから。



「いおは、本当に好きな人のところに、いけばいいんだよ。

…自分に嘘をつく方が、みんなを苦しめる。これだけは、忘れたらいけないよ」



「莉乃…ありがとう」



私自身に嘘をつく方が、みんなを苦しめる。



莉乃の言う通りかもしれない。



実際私は、思っていること、
言いたいことを何一つ言えなくて、
先生や日向、翔太に余計迷惑をかけた。



 


本当に好きな人…。







本当に隣にいてもいいのかな。





そんな些細な不安もあったけど、



それよりも、今は少しでも、





先生の隣にいたい。



その気持ちの方が強かった。







だから私は、先生の隣にいる。





ずっとは無理でも、
先生が学校にいるまでは。




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