先生の隣にいたかった



「準備できた?」



文化祭当日、私たちのクラスは、メイドカフェをするための最後の準備をしていた。



「いお、お客さん呼びに行こ!」



「うん」


前半は当番をして、後半は自由行動だった。


正直、メイド服を着たまま廊下に出るのは、恥ずかしかったけど、時間が経てば、少しは慣れると自分に言い聞かせた。






「君たち一年生?」



突然声をかけてきたのは、
見たことがない感じの、男子たちだった。



おそらく、三年生かなと思った。




私は話したことのない人には、
人見知りしてしまう。



でも、日向は、そんな私とは違って、
誰とでも話せるタイプだった。




「はい、一年一組です。
よかったら教室に行ってみてください。
可愛い子いっぱいいるんで」



「君たちも可愛いけど?」



「ナンパですか?」



そう言って、笑い合って話す日向が、
少し羨ましかった。



私も先生と話す時、
こんな感じで話せたらいいのにって。




「名前は?」



「日向です。三浦日向」



「日向ちゃん、よろしく。



…君は?」




今まで日向と話が盛り上がっていたのに、
突然私に声をかけてきた。




「…七瀬いおです…」




今までにないぐらい、小さな声だったと思う。それに、私はずっと日向の後ろに、
隠れるようにして立っていた。






「…いおちゃん。





可愛いね」





想像もしていなかった言葉が飛んできて、
顔を上げると、ばっちり目が合ってしまった。







「…しゅう君?」







「やっと気づいた。
いお、全く俺の顔見ないじゃん」





私はびっくりし過ぎて、言葉が出なかった。
てっきり、この学校の生徒だと思っていたから。






「…いお、知り合い?」




「え、あ、うん。幼馴染」







「元彼でもあるよね」




「そうなんですか!?」



最悪だ。

あえて避けてたのに。



でも、今のしゅう君を見ていると、もう過去のことはあまり気にしていないように見えた。




「…どうして?どうしているの?」




「いおと最近会えてなかったから、
元気かなって思って。



…うん、でも元気そうだね」




「うん、元気だよ」




それでわざわざ来てくれたんだ。



そんなしゅう君の優しさが、
昔からずっと好きだった。





幼馴染として、大好きだった。






「…しゅう君は元気だった?」





「うん、元気だよ」




そう言うしゅう君は、本当に元気そうだった。




「教室、案内してよ」


「うん」



「あ、いお!
私、もっとお客さん探してから戻るね!
だから、先戻ってて」



日向はそう言って、
人混みの中に消えていった。




教室に戻るまでの間、
今までのことを話していた。



しゅう君は、私と別れてから好きな人もいなくて、誰とも付き合っていないらしい。



日菜さんとは、
今まで通り友達のままだそうだ。





「いおは?





…好きな人できた?」






「…うん、できたよ」



そう言うとしゅう君は一瞬、昔私に見せた辛そうな表情をしたような気がした。





でも、その後すぐに、笑顔でこう言ったんだ。







「そっか。俺も早く好きな人見つけたいな〜」




その笑顔に、嘘はなかったと思う。




「いおちゃん、おかえり」





教室に入るとすぐに、
伊月君が声を掛けてきた。



「あ、クラスメイトの成川伊月君」





しゅう君にそう伝えると、今度は伊月君が、目を点にして、しゅう君を見つめていた。




「えっと…幼馴染の桜木しゅう君。
あ、大学生です」






「桜木しゅうです。
いおがいつも、お世話になっています」





しゅう君はそう言って頭を少し下げた。
なぜかその時、お兄ちゃんみたいだなぁって思った。






「…兄じゃないからね?」




「!?」




私が思っていることを見透かされた。


でも、笑っているしゅう君を見ていると、
私まで笑顔になっていた。



あの時、恋愛として好きじゃないって
言ったけど、この笑顔に胸が高鳴ったのは、
嘘じゃなかった。






私は、しゅう君の笑顔が大好きだったから。






でも、私が別れを告げた日、
しゅう君は泣いてたとお母さんは言った。






ずっと、笑顔でいて欲しかった人を
泣かせてしまった。




だから、こうやってまた、
私の前で笑っていてくれて嬉しかったんだ。






「…しゅう君、ごめんね」




「…もういいんだよ」



お兄ちゃんだと思ってごめんね。
そんなことで、謝ったわけじゃない。


でも、私が何に対して謝ったのか、
きっとしゅう君は分かっていた。






伝えたい人に伝わればいい。




それだけで、十分だから。






「いお」




振り返ると、そこには翔太が立っていた。




「…指名入った」




「私?」






誰だろうと思いつつ、中に入ると、
たくさんのお客さんがいた。



指名されたところに行こうとした時、
その人が振り返って、ばっちりと目が合った。






「…先生…?」








「…い、七瀬、約束通り来た」




約束…?



その時、先生が言った言葉を思い出した。





(いおのメイド服見に行くね?
いおが来ないでって言っても行くけどね)





でも、これは約束ではない気が…と思ったが、言わないでおいた。


先生が、私を指名してくれたのは
嬉しかったから。




「…本当に来たんですね」






少し苦笑しながら言うと、
先生は私とは違って、満面の笑みで頷いた。





「うん、可愛いね。



似合ってる」




「!?」



先生に可愛いと言われたのは、2回目だった。




「…ありがとうございます」




「で…さっきから、
ずっと見られてるんだけど…
あの方は知り合い?」





先生が見ている方向を見ると、
しゅう君と目が合う。



しゅう君は近くにいたクラスメイトに声をかけると、こちらに向かって歩いてきた。



そして、何も言わずに私の隣に座った。




「…え?しゅう君?どうして?」





訳が分からず、しゅう君に訪ねたけど、
帰ってきた言葉は全然違った。






「自己紹介してあげたら?
…誰こいつ、みたいな目で見られてるからさ」






しゅう君にそう言われてから、先生を見ると、先生は黙ってしゅう君を見ていた。






「…えっと、幼馴染の桜木しゅう君です。



…柴咲先生。
学年主任で、うちのクラスの副担任でもある」




先生としゅう君を紹介した後、
私たちの間で沈黙が続いた。






「…どうして来たの?」



先生には聞こえないように、
しゅう君に尋ねた。






「久しぶりに、いおに会ったから、
もっと話したいなって思って」






「別に今じゃなくても…」




「…邪魔だった?」





「違うよ?


そんなことないけど…」






気まずい。




でも、そんなこと口にできない。

先生からしたら、私の幼馴染がいるだけ。
しゅう君からしたら、先生がいるだけだから。



でも、私からしたら、


隣に元彼、


前には大好きな人。






「じゃあ、そろそろ帰るね?」



「え、あ、もう帰るの?」




「大学生は暇じゃないんですよ」



そう言って、しゅう君は教室を出て行った。





先生と一緒にいたい。




でも、まだしゅう君に
言えていないことがある。






私が、どうしようか迷っている時に
先生は言ったんだ。







「…ここで待ってるよ」






その表情はとても優しくて、



(行っておいで)


って言われているように思えた。



だから、私はしゅう君の後を追った。




「しゅう君、ちょっと待って…





話したいことがあるの」




今、伝えないときっと後悔するから。



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