先生の隣にいたかった





「ここは、別世界みたいだね」



 
「別世界?」




「文化祭で賑わっているはずなのに、
ここだけは静かだから」



私たちは人混みを避けるために、
体育館の裏に来ていた。




ここは、翔太に自分の気持ちを伝えた時と
先生が助けてくれた場所でもある。





「…話って?」


 


「…しゅう君と付き合っていた時、
部活辞めたの覚えてる?」




私は、過去のことを全部話すことにした。
先生に出会う前の私だったら、このことは誰にも言えなかったと思う。



今の私だからこそ、全部話せる気がした。





「うん、覚えてるよ」





「実はね…





…いじめられてたんだ。








…でも、誰にも言えなかった」




そう言うと、しゅう君は眉間に皺を寄せた。




「…でもね、


しゅう君が逃げてもいいって
言ってくれたよね。





…あの時、本当に嬉しかったの。






…しゅう君は、私の味方なんだなって思って…










…だから、甘えちゃったんだ」





私はあの時、しゅう君の優しい言葉に甘えて、逃げてしまった。 



「でも、
逃げていいよって言ってくれたのと一緒に…


後悔しないでって言ったよね。


…その約束は…











…守れなかった。




本当は…




バレーボール続けたかったから」







泣きたくない。





そう思っていても、少し気を緩めば涙が溢れてきそうで、我慢して声が震える。




その時、しゅう君が、そっと私の手を握った。






「ごめん…









なんにも気づいてやれなくて…





本当にごめんね」





泣かないで。



そう言いたかったけど、
気づけば私も泣いていた。



しゅう君が、そっと握ってくれた手は暖かくて、優しかった。






幼い頃に握ってくれた時、





付き合ってた頃に握ってくれた時、




そして今。





何も変わらなかった。
しゅう君は何も変わらない。



今までも、
そしてこれからもそうだと思う。






優しくて、
人の苦しさに一緒に涙を流せる人。




でも、そんな人だから、
これ以上頼ってはいけない。







しゅう君は、本当に優しい人だから。





「でもね…



その約束遅くなったけど、



ここに来てから守れたと思うんだ」



そう言って、
しゅう君が握ってくれた手をそっと離す。




「バレーボールはもうできないけど、
いじめられている人を助けられたから、
もう後悔はしてない」




「そっか」




私が笑顔でそう伝えると、
しゅう君も笑顔で答えてくれた。





「だから、ありがとう。


…ずっとこれを伝えたかったんだ」




笑顔でしゅう君に言いたかったから。





「…いおは、あの日俺に言ったよね?


…無理に私と付き合わなくていいんだよって。


でもね、無理なんかじゃなかったよ。




誰にも渡したくなかった。





ずっと、俺の隣にいて欲しかった。





いおは、そうじゃなくても、






俺は本当に…









大好きだったよ。






だから、俺も伝えたかった。




…いお、




俺の彼女になってくれて、ありがとう」





しゅう君。


あの時の私は、まだ恋を知らなかったから、分からなかったけど、やっと分かったよ。



好きになるって、どんなことなのか。

 


だから、私がしゅう君に言った、




恋愛として、好きじゃないっていうのは、




間違ってたんだね。






今気づいたのは遅いけど、





私もしゅう君のこと






大好きだったよ。



「…じゃあ、帰るね」



「うん」



「…またね」


手を振って、歩いて行くしゅう君。



そして、この『またね』は
お互いのけじめだと思う。




前に私が一方的に別れを告げた時、
お互いのためだと思っていたけど、 




少し違っていて、




しゅう君は、
前に進めていなかったのかもしれない。




それは私には分からないけど、
もう過去は振り返らない。




そんな決意が、
しゅう君の背中から感じ取れた。



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