先生の隣にいたかった

〜自分を傷つける嘘〜




文化祭も無事終わり、私はサッカー部のマネージャーとして、選手のサポートをしていた。


今日も朝練だから、バスに乗り学校に向かう。



「おはよう」



「あ、おはよう、翔太」



朝練に行く時間は同じだから、オフの日以外は大体、翔太と一緒に登校していた。


日向は吹奏楽部、
伊月君はバスケ部で頑張っているみたい。


文化祭の日に伊月君に気持ちを伝えたけど、次の日は、いつも通りの伊月君だった。


相変わらず、四人で仲良くしていた。



でも、ひとつだけ、変わったことがあった。


「いお、翔太君おはよう!」



「おはよう」


「おはよう」



翔太と日向は、お互い名字で呼び合っていたけど、文化祭が終わってからは、下の名前で呼ぶようになっていた。



「日向も朝練?」


翔太がそう聞いて、嬉しそうに日向が答える。

「うん。二人も朝練?」



「うん。じゃあ行くわ」



「頑張ってね」



「おう、日向も頑張れよ」



そんな二人の会話は、
特別でもなんでもないけど、私は好きだった。




「いお、行こ」


「あ、うん。じゃあまた後で!頑張ってね」




「いおも頑張って〜」




「ありがとう」



そんな、二人の会話が好きなはずなのに、
いつも私が邪魔してしまう。


翔太が私に話しかける時、日向が悲しそうな表情をしていたのは、分かっていた。


でも、これは私にはどうすることもできない。


私は、日向の恋を見守ることしかできない。




自分にそう言い聞かせて、日向の不安や嫉妬が
 



どんどん大きくなっていることに、



気づいていなかった。






「いおちゃん、おはよう〜」





「おはよう〜葉月ちゃん」





早乙女葉月ちゃんは、同じサッカー部のマネージャーで仲良くなった。


先生が、私にサッカー部のマネージャーしてみない?と誘った時は、人がいないと言っていた。




でも実際は、私含めて5人もいる。







先生は、私に居場所を作ってくれたんだね。





そんな先生の、



優しい嘘に気づくのに、少し時間がかかった。






「おはようございます」



一人の生徒が挨拶をすると、
それにつれてみんなも挨拶をする。




「おはよう」






そして、私の好きな声が返ってくる。






大好きな先生の声が。




「いおちゃん、ユニフォーム洗いに行こう」




「うん」




選手と先生がミーティングの間に、
洗濯をしに行く。



それが、私の日常になっていた。



「いおちゃん…榊原君とどういう関係なの?」



「翔太とは、ただの友達だよ」




多分、葉月ちゃんは翔太のことが、
好きなんだと思う。





翔太がサッカー部だから、
マネージャーになったって言う人もいる。




それは、伊月君が入ったバスケ部も同じで、
マネージャーが多かった。




「…好きな人とかいないの?」






「…いるよ。





でもね、叶わないと思う」




「どうして?」








…先生だから。






私はみんなと違う。
先生に恋をしてしまったから。





「…そうゆう恋もあるじゃん?




私の恋は、




…そんな感じ」




自分で言うと、絶対に叶わない恋を本当に認めてしまうみたいで、少し辛かった。



でも、いつかは、
認めないといけないことだから。




「…じゃあ、私も同じかな」



翔太は真っ直ぐな人だから、
どんなに私に振られても諦めない。



それを周りの人もわかっているから、
諦める人が多い。



それでも、日向や葉月ちゃんは諦めていない。




それだけでもすごいよ。





「…諦めるの?」




「え…?」




「私は…叶わない恋だって分かってても







…諦めないよ。






だから、葉月ちゃんも諦めないで」




私に言えることは、これぐらいだった。




だって、最初から諦めるなんて、
もったいないよ。



絶対なんてない。




葉月ちゃんが好きになった人は





…同じ高校生なんだから。





してはいけない恋愛じゃないんだから。





「いおちゃん、ありがとう。私、頑張るね」





「うん。…頑張ってね」






恋なんてしなければ、



こんなに苦しむことも悩むことも、



苦しませることもなかったのに。





そんな無駄なことを何回も考えた。




でも、恋は自分がしたいからと言って、
できるわけじゃない。





好きな人が欲しいからと言って、
誰かを好きになれるわけでもない。







気づけば好きになっているものだから。






前に日向が言ったのと同じ。


(誰かを苦しめない恋愛なんて、
ないに決まってるじゃん)



あの時、泣きながら言った日向も、
きっと苦しんでいた。





苦しかったから、
泣いていたんだと思う。






私に一直線な、翔太を見ているのが



…辛かったんだと思う。




でも、それ以上に好きな人が苦しんでいるのに、自分は何もできない。


そんな自分が一番嫌で、
腹が立ったんだと思う。






その辛さは、私が一番分かっていた。





…なのに、私はその時、気づけなかった。






気づいてあげられなかった。




でも、私が気づいた時、日向は言ったよね。


(もし、榊原くんのことが好きになった時は、私のことは、気にしなくてもいいからね?)





苦しくて、





辛いはずなのに、


そんなことを言ってくれた。




自分よりも、
他人の幸せを願う日向は本当に優しすぎるよ。





だから、もし…





…もしも、私が翔太を好きになっても、






きっとこの気持ちに嘘をついてしまう。




日向のことが大切で、卒業しても、ずっと一緒にいたいと思える人だから。





日向には幸せになって欲しい。






私は日向が…大好きだから。





「いおちゃんも頑張ってね」



「…うん、ありがとう」



「水、冷たくなってきたね」



「もう冬だね」




桜が咲き、暖かい風に包まれていた入学式から、もう半年が経とうとしていた。


ユニフォームを洗う時に、冷たくなった水が、冬が来ることを知らせる。


冷たいのを我慢して、
何十枚もあるユニフォームを洗っていく。




どんな子がタイプ?



どんな恋愛をしたい?



この学校の先生は誰が好き?



そんな、たわいもない話をしながら
手を動かした。


ユニフォームを洗い終わってからは、選手達が使うサッカーボールなどを綺麗にする。


選手達がボールを使い始めるまでに、そこまで終わらせて、その後は、先生がフォーメーションを考えていることをメモしたり、選手達の飲み物が無くなれば、入れに行く。



試合前じゃない時は、そこまで忙しくない。





「七瀬、これ新しい紙に書いといて」




「はい」



先生に頼まれることも少なくはなく、忙しくても先生に頼まれることが、嬉しかった。




でも、先生は特に何も思っていない。


ただ、私を信頼してくれているだけだと思う。






もちろん…生徒として。




私と同じマネージャーをしている人で、もちろん翔太狙いの子もいたけど、先生の近くにいたいと思う子もいた。



だから、先生は頼み事をする時、大体私に頼むけど、それをよく思っていない人もいる。




「七瀬さん、それ、私してもいい?」



「…でも頼まれたの私だから、ごめんね」




私だって、譲りたくなんてない。
だから、いつも断る。





「…そうだよね。なんかごめんね」




こうやって、すぐに諦めてくれるから、それ以上は何も言わなかった。



でも、陰で私の悪口を言っていることは
わかっていた。





それでも、私は気にしなかった。





「いお、水お願いしてもいい?」



「…うん」





翔太の頼まれごと。



前まではなんともなかったけど、



今は少し、







本当に少しだけど、


葉月ちゃんを気にしてしまう。





「…翔太!
これ葉月ちゃんにお願いしてもいい?」




「…どうして?」



「私、先生にこれ頼まれてて…
だからごめんね」



「…じゃあ、早乙女お願い」



「う、うん!」



こうやって、
翔太とも少し壁を作っている自分がいた。



こうでもしないと、
また周りの子を傷つける気がしたから。





でも、一番翔太を傷つけていたなんて、
この時の私は、全然気づいていなかった。




気づけなかったんだ。


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