せっかく侍女になったのに、奉公先が元婚約者(執着系次期公爵)ってどういうことですか ~断罪ルートを全力回避したい私の溺愛事情~
「……っ?」
 そして気づいた。なぜ僕は、ユリアーナのことを好いていないはずなのに、こんなにも苛立ちを覚えているのかと。
 彼女がどこか遠くへ行ってしまいそうなことに、こんなにも焦りを感じているのかと。
 ユリアーナのことは、決して好きではなかった。だけど――最後に見た彼女の仕草が、声が、笑顔が……どうしても忘れられない。あの笑顔を思い出すと、胸が苦しくもなるし、温かくもなる。これは紛れもなく、彼女に対する好意だった。自分でも気づかぬ間に、独占欲を抱くほど、僕はユリアーナに今さら恋い焦がれてしまったのだ。
 しかし、もう僕は婚約者ではない。退学してしまった今、ユリアーナとの接点はほぼゼロといえる。ユリアーナがどこかでほかの男と笑い合っているのを想像すると、それだけで虫唾が走った。
「絶対に……このまま行かせてたまるものか」
 彼女が侍女になるのが本当なら、僕がやることはただひとつ。君がほかの男のところへ行ってしまうなら、いっそ――。
「父上! 我がシュトランツ家に新たに雇いたい侍女がいるのですが!」
外出から帰ってきたばかりの父上にそう叫ぶ。
なくなった接点など、また作ってしまえばいい。それだけだ。例え、どんな手段を使おうとも。

 父上のおかげで、僕が〝雇いたい侍女〟は、無事に我がシュトランツ家に配属されることになった。
 配属初日。僕も学園へ行かなければならなかったが、出迎えの時間には間に合ったため、門前でひとり彼女を待たせてもらうことにした。
 馬車が走ってくる音が聞こえる。音はどんどん大きくなって、門前で停止した。
 御者がドアを開けると――降りてきたのは、地味なワンピースを着て、髪を後ろでひとつ縛りにした、元婚約者のユリアーナ。
 派手に着飾っているイメージしかなかったため、まるで別人のようだ。そんな彼女に、おもわず目を奪われてしまう。
 ユリアーナはというと、どうしたらいいかわからないのか、気まずそうに俯いている。僕を見て、そんな反応をされたのは初めてだ。
「ユリアーナ」
「!」
 名前を呼ぶと、びくりと身体を震わせてユリアーナは顔を上げた。
「ようこそシュトランツ家へ。これからは侍女として、末永くよろしく頼むよ」
 どこか怯えているように見えるユリアーナに、僕は満面の笑みを送った。


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