せっかく侍女になったのに、奉公先が元婚約者(執着系次期公爵)ってどういうことですか ~断罪ルートを全力回避したい私の溺愛事情~
「ハンナ……?」
声の主は、家族と一緒に見送りに来てくれていたハンナだった。黙って私たちのやり取りを見守っていたのに、なにか伝え忘れたことがあったのかしら。
ハンナは早足で私に近づくと、小声で話しかけてくる。
「あの、お嬢様……大丈夫ですか?」
「えっ?」
「ずっと憂鬱そうな顔をされていますから。本当は、無理して侍女になると仰ったのでは? 私はお嬢様が本当にやりたいことなら心から応援いたします。ですが、ご無理だけはなさらないでください。お嬢様にはいつも太陽のように、周りを照らす明るい笑顔でいてほしいのです」
心配そうな顔を浮かべて、ハンナはこのギリギリの状態になっても、私を引き留めにきてくれたのだ。私はそんなハンナの想いに、おもわず胸がじーんと熱くなった。
――そうよ。場所がどこであろうと、今世ではやりたいことができるんだから。ネガティブなことばかり考えちゃいけない。
「ありがとうハンナ。でもね、私、あなたを見て侍女になりたいって思ったの」
「……私を、ですか?」
「ええそうよ。あなたはね、私の大切な記憶を思い出させてくれたの。侍女になりたいっていうのは、まぎれもなく私の本心よ。次に会うときまでに、ハンナよりずっとすごい侍女になってみせるわ」
そう言って悪戯っぽくウインクをしてみると、ハンナはふっと小さな笑いをこぼす。
「はいっ。楽しみにしております。私も負けていられませんね」
「ふふ! ……ありがとうハンナ。またね。ハンカチ、ずっと大切にする」
ハンナと握手を交わすと、私は今度こそ本当に馬車に乗り込む。最後にハンナに勇気づけられたおかげで、憂鬱な気分は知らぬ間に消えていった。
「いってきます! みんな、元気で!」
大きな声で大きく手を振ると、私はエーデルの屋敷を後にした。
――こうして、無事ご近所さんのシュトランツ公爵家へ到着した私だったが……。
馬車を降りてすぐ、私は俯いた。だって、いちばん会いたくない人物がすぐそこにいるからだ。
馬車に乗っているときから気づいていた。クラウス様がいることを。
様子見のためにちらりと視線をやってみると、ものすごい眼力で私のことをガン見している。怖くなって、私は即座に目を離すと、どこを見るのが正解かわからずまた俯いた。
……わぁ~! シュトランツ公爵家は門前の土の色もとっても綺麗! 高級な土なのかしら~!
なんて、頭の中でどうでもいいことをひとり呟きながら気持ちを落ち着かせる。しかし、いくらお花畑なことを唱えても、気まずい気持ちは拭えなかった。
「ユリアーナ」
聞き慣れた声で名前を呼ばれると、自然と身体がびくりと跳ねる。
――やっぱり無理! 帰りたい! ていうか、なんでわざわざ出迎えに!?
さっき、ハンナのおかげで頑張ろうと奮起したばかりなのに。実際にシュトランツ公爵家に来ると、なぜここへ来てしまったのだろうと後悔の念が押し寄せる。
だが主人となる相手の声を無視することは失礼にあたる。嫌々顔を上げると、クラウス様とばっちり目が合った。この距離では、もう逸らすこともできない。
「ようこそシュトランツ家へ。これからは侍女として、末永くよろしく頼むよ」
そう言って、悪魔の笑みを浮かべる男――クラウス・シュトランツ。私には、彼が死神にしか見えなかった。
これって――なんて答えるのが正解なの!? 普通に〝よろしく〟って笑い返す? でも侍女の立場なのにそれだとフランクすぎるし……なにより、クラウス様とは必要以上に絶対に関わりたくない! ……そうだ! 徹底的に塩対応して、クラウス様に嫌われればいい。そうしたら向こうから話しかけてこないだろうし、クビにしてくれるかも! 我ながらいいアイディアだ。
「……ドウモ」
私はぺこりと軽くお辞儀をすると、すっとクラウス様の横を通り過ぎた。
「……ユリアーナ。荷物を持とうか? そんなに大きいと、女性の君には重いだろう?」
しかし、クラウス様は何事もなかったかのように笑顔で私の横をついてくる。
「結構です。これくらい平気なので」
「! 意外だな。君はスプーンより重い物は持ったことなさそうなのに」
完全に嫌味を言われてる? やっぱり、私を虐げるために呼んだに違いないわ。
「クラウス様、早く学園へ行かれては? 今日は進級式でしょう?」
「ああ。そうだった。そろそろ行かないと遅刻だ」
「では、行ってらっしゃいませ~」
私は玄関前でクラウス様に再度お辞儀をすると、そのままひとりで屋敷の中へと入る。私がこの時間に来ることを事前に知っていたのか、玄関の扉は開いたままだった。
声の主は、家族と一緒に見送りに来てくれていたハンナだった。黙って私たちのやり取りを見守っていたのに、なにか伝え忘れたことがあったのかしら。
ハンナは早足で私に近づくと、小声で話しかけてくる。
「あの、お嬢様……大丈夫ですか?」
「えっ?」
「ずっと憂鬱そうな顔をされていますから。本当は、無理して侍女になると仰ったのでは? 私はお嬢様が本当にやりたいことなら心から応援いたします。ですが、ご無理だけはなさらないでください。お嬢様にはいつも太陽のように、周りを照らす明るい笑顔でいてほしいのです」
心配そうな顔を浮かべて、ハンナはこのギリギリの状態になっても、私を引き留めにきてくれたのだ。私はそんなハンナの想いに、おもわず胸がじーんと熱くなった。
――そうよ。場所がどこであろうと、今世ではやりたいことができるんだから。ネガティブなことばかり考えちゃいけない。
「ありがとうハンナ。でもね、私、あなたを見て侍女になりたいって思ったの」
「……私を、ですか?」
「ええそうよ。あなたはね、私の大切な記憶を思い出させてくれたの。侍女になりたいっていうのは、まぎれもなく私の本心よ。次に会うときまでに、ハンナよりずっとすごい侍女になってみせるわ」
そう言って悪戯っぽくウインクをしてみると、ハンナはふっと小さな笑いをこぼす。
「はいっ。楽しみにしております。私も負けていられませんね」
「ふふ! ……ありがとうハンナ。またね。ハンカチ、ずっと大切にする」
ハンナと握手を交わすと、私は今度こそ本当に馬車に乗り込む。最後にハンナに勇気づけられたおかげで、憂鬱な気分は知らぬ間に消えていった。
「いってきます! みんな、元気で!」
大きな声で大きく手を振ると、私はエーデルの屋敷を後にした。
――こうして、無事ご近所さんのシュトランツ公爵家へ到着した私だったが……。
馬車を降りてすぐ、私は俯いた。だって、いちばん会いたくない人物がすぐそこにいるからだ。
馬車に乗っているときから気づいていた。クラウス様がいることを。
様子見のためにちらりと視線をやってみると、ものすごい眼力で私のことをガン見している。怖くなって、私は即座に目を離すと、どこを見るのが正解かわからずまた俯いた。
……わぁ~! シュトランツ公爵家は門前の土の色もとっても綺麗! 高級な土なのかしら~!
なんて、頭の中でどうでもいいことをひとり呟きながら気持ちを落ち着かせる。しかし、いくらお花畑なことを唱えても、気まずい気持ちは拭えなかった。
「ユリアーナ」
聞き慣れた声で名前を呼ばれると、自然と身体がびくりと跳ねる。
――やっぱり無理! 帰りたい! ていうか、なんでわざわざ出迎えに!?
さっき、ハンナのおかげで頑張ろうと奮起したばかりなのに。実際にシュトランツ公爵家に来ると、なぜここへ来てしまったのだろうと後悔の念が押し寄せる。
だが主人となる相手の声を無視することは失礼にあたる。嫌々顔を上げると、クラウス様とばっちり目が合った。この距離では、もう逸らすこともできない。
「ようこそシュトランツ家へ。これからは侍女として、末永くよろしく頼むよ」
そう言って、悪魔の笑みを浮かべる男――クラウス・シュトランツ。私には、彼が死神にしか見えなかった。
これって――なんて答えるのが正解なの!? 普通に〝よろしく〟って笑い返す? でも侍女の立場なのにそれだとフランクすぎるし……なにより、クラウス様とは必要以上に絶対に関わりたくない! ……そうだ! 徹底的に塩対応して、クラウス様に嫌われればいい。そうしたら向こうから話しかけてこないだろうし、クビにしてくれるかも! 我ながらいいアイディアだ。
「……ドウモ」
私はぺこりと軽くお辞儀をすると、すっとクラウス様の横を通り過ぎた。
「……ユリアーナ。荷物を持とうか? そんなに大きいと、女性の君には重いだろう?」
しかし、クラウス様は何事もなかったかのように笑顔で私の横をついてくる。
「結構です。これくらい平気なので」
「! 意外だな。君はスプーンより重い物は持ったことなさそうなのに」
完全に嫌味を言われてる? やっぱり、私を虐げるために呼んだに違いないわ。
「クラウス様、早く学園へ行かれては? 今日は進級式でしょう?」
「ああ。そうだった。そろそろ行かないと遅刻だ」
「では、行ってらっしゃいませ~」
私は玄関前でクラウス様に再度お辞儀をすると、そのままひとりで屋敷の中へと入る。私がこの時間に来ることを事前に知っていたのか、玄関の扉は開いたままだった。