せっかく侍女になったのに、奉公先が元婚約者(執着系次期公爵)ってどういうことですか ~断罪ルートを全力回避したい私の溺愛事情~
「あの、すみません」
入ってすぐにひとりの侍女を見つけ、私は声をかける。
「ちょっとあなた! 今の態度はいったい!?」
すると、開口一番に物凄く怒られてしまった。
「クラウス様に失礼だと思わないの!? あなたはもう、婚約者でなくここの使用人という立場なのよ! 勘違いはやめることね!」
どうやら、さっきの私の態度を見られていたらしい。それは怒られて至極当然だ。
「す、すみません……つい」
「〝つい〟であんな失礼なことをされたら困るのよ。まったく、これまでと同じ扱いをしてもらえると思ったら大間違いよ。ユリアーナ・エーデル」
そう言って、侍女にキッと睨まれる。そうか。ユリアーナはこの屋敷に通っていたのだから、当然侍女たちとも顔見知り。前世の記憶を取り戻す前の記憶が曖昧になっているため、私は正直誰かわからないのだが。だけどこの反応を見るに、好かれてはいないということはわかる。
「はい。以後気を付けます。申し訳ございませんでした」
同僚から嫌われていたら仕事がやりづらいというのは、前世でよくお母さんの口からきいていた。今後のために、私は深々と頭を下げ、きちんとした口調で謝る。
「……!」
すると、侍女は驚いた顔をしていた。
「あの……それで、私はこれからどこに行けばいいでしょうか?」
あんぐりと口を開けたままなにも発さない侍女に、私は自分から問いかける。すると、侍女ははっとした顔をして、慌てて話し始める。
「ひ、ひとまず私についてきなさい! 私はこの屋敷のメイド長、イーダよ。あなたのことは知っているから、自己紹介は結構よ」
メイド長ってことは、私にとってはいちばんの上司にあたる人――か。なんかおっかなそうな人だけど、クラウス様に虐げられるくらいならメイド長にいびられるほうが何倍もマシね。
そのまま私はメイド長に連れられて、シュトランツ公爵と夫人への挨拶も一緒にすることになった。元々顔見知りだったことから挨拶はものの数分で終わり、実にあっけない時間だった。
帰り際、公爵に「婚約破棄して侍女になるなんて、どういう風の吹き回しなんだい?」と鼻で笑われたのはちょっと悔しかった。まるで、「君に侍女など務まるわけがない」というようなあの目も。……バリバリ働いて、絶対に見返してやる!
ひとり意気込んでいると、ある部屋についてメイド長が足を止めた。そして、くるりと私のほうを振り返る。
「本格的な仕事と同僚への挨拶は明日だから、今から一旦荷物を整理する時間を設けます。その後昼食を食べ、そのあと屋敷を案内するわ。……何度も来ていたあなたに案内が必要かは疑問だけど」
そう言うと、メイド長が目の前の扉をノックする。すると、中からひとりの侍女が顔を出した。眼鏡をかけて、黒い髪をきっちりと後ろでまとめている、真面目そうな雰囲気の女性だ。歳は……私より少し上くらいだろうか。
「ニコル。こちら、今日からあなたと同室になるユリアーナよ。難しいとは思うけど、できれば仲良くやってちょうだい」
「はい。メイド長。……ニコルです。よろしく」
さらっと失礼な発言をするメイド長に、ニコルさんは眉ひとつ動かさず無表情で淡々と答える。
「じゃあ、私は一旦失礼するわ。ニコル、彼女に部屋のことを教えてあげて」
「かしこまりました」
ふんっと鼻を鳴らし、メイド長は来た道を戻っていった。
「……あなた、入らないの?」
「え? あ、し、失礼しますっ」
ぼーっと立ち尽くしたままの私を見て、ニコルさんが僅かに首を傾げた。慌てて部屋の中に入ると、中には小さめのベッドがふたつ置かれていた。棚や机も大きくないが、きちんと一人ずつに用意されている。思ったよりも全然綺麗な部屋だ。
「あなたのスペースは真ん中より左側。右側は私のスペースだから、勝手に足を踏み入れないで。……私、同室だからって無駄に干渉するのは苦手だから」
「は、はあ……わかりました」
どうやらニコルさんは、同じ部屋ではあるが生活スペースは別々に、というスタンスのようだ。同室の侍女と貴族の噂話やメイド長の愚痴で盛り上がる――なんて図をひそかに妄想していた私には、ちょっぴり寂しく感じたが仕方ない。それに、これから仲良くなる可能性だって全然ある。
私は荷物を整理しつつ、ニコルさんに話しかける隙を伺う――が、ニコルさんはずっと私に背を向けて、難しそうな本を読んでいた。身体から〝話しかけるなオーラ〟が完全に出ている。
――なんだろう。シュトランツ公爵家の人たちと仲良くなれる気がまったくしない。
周囲から一切歓迎されていないこの状況を前途多難に感じながらも、念願の侍女になれたのだから楽しもうと、私は前向きに心を入れ替えることにした。
入ってすぐにひとりの侍女を見つけ、私は声をかける。
「ちょっとあなた! 今の態度はいったい!?」
すると、開口一番に物凄く怒られてしまった。
「クラウス様に失礼だと思わないの!? あなたはもう、婚約者でなくここの使用人という立場なのよ! 勘違いはやめることね!」
どうやら、さっきの私の態度を見られていたらしい。それは怒られて至極当然だ。
「す、すみません……つい」
「〝つい〟であんな失礼なことをされたら困るのよ。まったく、これまでと同じ扱いをしてもらえると思ったら大間違いよ。ユリアーナ・エーデル」
そう言って、侍女にキッと睨まれる。そうか。ユリアーナはこの屋敷に通っていたのだから、当然侍女たちとも顔見知り。前世の記憶を取り戻す前の記憶が曖昧になっているため、私は正直誰かわからないのだが。だけどこの反応を見るに、好かれてはいないということはわかる。
「はい。以後気を付けます。申し訳ございませんでした」
同僚から嫌われていたら仕事がやりづらいというのは、前世でよくお母さんの口からきいていた。今後のために、私は深々と頭を下げ、きちんとした口調で謝る。
「……!」
すると、侍女は驚いた顔をしていた。
「あの……それで、私はこれからどこに行けばいいでしょうか?」
あんぐりと口を開けたままなにも発さない侍女に、私は自分から問いかける。すると、侍女ははっとした顔をして、慌てて話し始める。
「ひ、ひとまず私についてきなさい! 私はこの屋敷のメイド長、イーダよ。あなたのことは知っているから、自己紹介は結構よ」
メイド長ってことは、私にとってはいちばんの上司にあたる人――か。なんかおっかなそうな人だけど、クラウス様に虐げられるくらいならメイド長にいびられるほうが何倍もマシね。
そのまま私はメイド長に連れられて、シュトランツ公爵と夫人への挨拶も一緒にすることになった。元々顔見知りだったことから挨拶はものの数分で終わり、実にあっけない時間だった。
帰り際、公爵に「婚約破棄して侍女になるなんて、どういう風の吹き回しなんだい?」と鼻で笑われたのはちょっと悔しかった。まるで、「君に侍女など務まるわけがない」というようなあの目も。……バリバリ働いて、絶対に見返してやる!
ひとり意気込んでいると、ある部屋についてメイド長が足を止めた。そして、くるりと私のほうを振り返る。
「本格的な仕事と同僚への挨拶は明日だから、今から一旦荷物を整理する時間を設けます。その後昼食を食べ、そのあと屋敷を案内するわ。……何度も来ていたあなたに案内が必要かは疑問だけど」
そう言うと、メイド長が目の前の扉をノックする。すると、中からひとりの侍女が顔を出した。眼鏡をかけて、黒い髪をきっちりと後ろでまとめている、真面目そうな雰囲気の女性だ。歳は……私より少し上くらいだろうか。
「ニコル。こちら、今日からあなたと同室になるユリアーナよ。難しいとは思うけど、できれば仲良くやってちょうだい」
「はい。メイド長。……ニコルです。よろしく」
さらっと失礼な発言をするメイド長に、ニコルさんは眉ひとつ動かさず無表情で淡々と答える。
「じゃあ、私は一旦失礼するわ。ニコル、彼女に部屋のことを教えてあげて」
「かしこまりました」
ふんっと鼻を鳴らし、メイド長は来た道を戻っていった。
「……あなた、入らないの?」
「え? あ、し、失礼しますっ」
ぼーっと立ち尽くしたままの私を見て、ニコルさんが僅かに首を傾げた。慌てて部屋の中に入ると、中には小さめのベッドがふたつ置かれていた。棚や机も大きくないが、きちんと一人ずつに用意されている。思ったよりも全然綺麗な部屋だ。
「あなたのスペースは真ん中より左側。右側は私のスペースだから、勝手に足を踏み入れないで。……私、同室だからって無駄に干渉するのは苦手だから」
「は、はあ……わかりました」
どうやらニコルさんは、同じ部屋ではあるが生活スペースは別々に、というスタンスのようだ。同室の侍女と貴族の噂話やメイド長の愚痴で盛り上がる――なんて図をひそかに妄想していた私には、ちょっぴり寂しく感じたが仕方ない。それに、これから仲良くなる可能性だって全然ある。
私は荷物を整理しつつ、ニコルさんに話しかける隙を伺う――が、ニコルさんはずっと私に背を向けて、難しそうな本を読んでいた。身体から〝話しかけるなオーラ〟が完全に出ている。
――なんだろう。シュトランツ公爵家の人たちと仲良くなれる気がまったくしない。
周囲から一切歓迎されていないこの状況を前途多難に感じながらも、念願の侍女になれたのだから楽しもうと、私は前向きに心を入れ替えることにした。