せっかく侍女になったのに、奉公先が元婚約者(執着系次期公爵)ってどういうことですか ~断罪ルートを全力回避したい私の溺愛事情~
 この日はメイド長に言われるがまま昼食を食べ、その後広い屋敷内すべての部屋を案内された。もらった屋敷図と照らし合わせつつ、必死に頭に部屋の場所を叩きこむ。これは部屋に戻ったら復習しないと……。
前世で入院していた病院もすごく大きくて広かったけど、自由に部屋の外に出ることは許されなかった。それに比べると、仕事といってもこうやって広い屋敷を自分で歩いて周れることは、喜ばしいことに思えてくる。
「これで案内は終わりよ。いくら新人といっても、簡単な仕事はひとりで任されることもあるから、早めに部屋の位置を覚えておくように。わかったわね? ユリアーナ」
「はいっ」
 鬼メイド長に返事をすると、メイド長は「返事だけはいいわね」と呟いて、またさっさと歩き始めてしまった。というか、今まではクラウス様の婚約者だった相手に立場が変わった途端ここまで態度を変えられるなんて――ある意味、イーダさんはメイド長の鑑ともいえる。
 メイド長と部屋に戻っていると、前方からクラウス様が歩いてくるのが見えた。サッと顔を逸らそうとする前に、一瞬目が合ってしまう。
「ユリアーナ! 調子はどう?」
 クラウス様はひらひらと手を振って、私に意気揚々と話しかけてくる。
 うぅ……さっきみたいに塩対応したいけど、鬼メイド長がいるからできない! また無礼な態度をって怒られちゃう!
「ぼ、ぼちぼちです」
 無理やり笑顔を作って、私はクラウス様に返事をした。
「クラウス様、今日はもうお帰りなのですね」
 すると、メイド長がクラウス様に声をかける。これは私にとってありがたい助け船だった。
「ああ。今日は進級式がメインで授業はないからね。夕方からある進級祝いパーティーも、気分が乗らなくて欠席することにしたんだ」
「えぇっ!?」
 あまりに驚いて、無意識に大きな声を出してしまった。
 たしか小説では進級祝いパーティーで、クラウス様とリーゼが一緒にパーティーを抜け出して夜景を見に行くという、まさに恋の始まりのような場面が描かれていた。てっきりこの後パーティーに参加すると思っていたのに。
「どうして君がそんなに驚くの? ユリアーナ」
「だ、だって、クラウス様は今までそういった催しにはすべて参加していたから……なぜ今回だけ……」
「パーティーより気になることがあったから、そっちを優先しただけだ」
……気になること? いったいなんだろう。リーゼとの恋より、優先するものなんてないはずだ。
「イーダ。もう用事は済んでる? だったらユリアーナと少しふたりになりたいんだけど」
 すると突然、クラウス様がとんでもないことを言い出した。
「はい。今日やることはすべて先ほど――」
「メメメイド長! 西側のお部屋の案内がまだですっ! ついでに南側も忘れたのでもう一度!」
「なに言ってるのユリアーナ。西側は今しがた説明したばかりでしょう。おかしなことをクラウス様の前で言わないでちょうだい」
 クラウス様とふたりきりになってたまるかと、私が見せた必死なあがきは、メイド長によってバッサリと斬り捨てられてしまった。
「それじゃあ行こうか。ユリアーナ」
 小説内では一度もユリアーナを誘ったことなどないくせに。
「……あの、急にお腹が痛くなって」
「ユリアーナ! さっさと行きなさい!」
「は、はいぃ! 申し訳ございませんーっ!」
 下手くそな嘘がメイド長に通用するわけもなく――私は泣く泣く、クラウス様のお供をすることになった。

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