せっかく侍女になったのに、奉公先が元婚約者(執着系次期公爵)ってどういうことですか ~断罪ルートを全力回避したい私の溺愛事情~
「……だけど、どうやって?」
学園にいる限り、嫌でもリーゼとクラウス様と関わることになる。断罪を避けるには、あのふたりや、小説に出てくるキャラクターたちとは距離を置きたい。
しかし、その距離をどうやって置けばいいのかわからない。進級することは決まっているし、ほかにユリアーナが歩めそうな道はないのだろうか。……私がこの世界でやりたいことも、すぐには見つかりそうもない。
記憶が戻って一週間、私は外部との接触を拒み、屋敷に籠ってどうすればいいのかをひたすらに考えた。様子のおかしな私を家族は心配していたが、体調が悪いと言えばひとまず納得し、黙って見守ってくれていた。
「ああー……どうしよう。もう時間がないのに」
進級までの間に設けられている春休みが、三日後に終わりを告げてしまう。なにかいい案はないものかと、私はベッドに横たわって、真上にある高級そうなシャンデリアを見つめた。
「お嬢様、失礼してもよろしいでしょうか?」
「ハンナ! どうぞ。入って」
上半身だけ起こして、私は侍女のハンナを自室に迎え入れた。ハンナは私が生まれたときからこの屋敷に仕えている、ベテランの侍女である。
「具合はよくなりましたか?」
「ええ。なんとか」
「それはよかったです。お嬢様がおとなしいものですから、みんな驚いていましたよ」
ハンナの言葉に、私は苦笑いを返すことしかできない。本来のユリアーナだったら、屋敷でもわがままし放題でうるさかっただろう。しかし、記憶が戻った今、あの悪役になるために生み出された性悪のユリアーナはもうどこにもいないのだ。
「どうぞ。お嬢様のお好きなミルクティーです」
「ありがとう。……んっ⁉」
ベッドから椅子に座りなおし、ハンナが用意してくれたミルクティーを、なんの疑いもなく一口飲む。すると、口いっぱいにとんでもない甘さが広がった。砂糖をいくついれているのだろうか。甘すぎて紅茶の味がまったくわからないし、これ以上飲むと確実に胸焼けをする。
「ご、ごめんなさいハンナ。よかったら、砂糖をひとつにして淹れなおしてもらえるかしら?」
「……!? お嬢様がそんなことを言うなんて、やっぱりまだ具合が悪いのですね!? すぐにお医者様を――」
「えっ!? ち、違うの。この一週間で味覚が変わったのよ!」
家族並みに心配性のハンナを焦って制止する。
「……なるほど? そんなこともあるのですね。お嬢様は今まで、ミルク二杯に角砂糖五つの紅茶しか飲まれませんでしたのに」
どれだけ甘党だったんだユリアーナ……。今日までずっとお茶を断ってたから知らなかったわ。
改めて普通の紅茶をハンナに淹れてもらい、ほっと一息ついていると、数分席を外していたハンナが小さな包みを手に戻ってきた。
「お嬢様。これ、よろしければ」
若干照れくさそうにして、ハンナが私に包みを差し出す。どうやら、私へのプレゼントみたいだ。
「ありがとう。開けてもいい?」
「はい。どうぞ」
まだミルクティーの甘い香りが広がる部屋の中で、私は包みを開いた。
「わあ……!」
中には薔薇と私の名前が刺繍された、可愛らしい薄紫色のハンカチが入っていた。
「すごい! これ、もしかしてハンナが刺繍を?」
「はい。お嬢様の進級記念に、なにか特別なものを贈りたくて」
「すごく嬉しいわ!」
「そんなに喜んでいただけると思っていなかったので……ありがとうございます。感激です」
ハンカチを胸に抱えて微笑むと、ハンナは心の底から嬉しそうな顔をして笑みを返してくれた。
「とても上手ね。さすがハンナだわ」
「そんなそんな。刺繍は私の趣味ですから」
ハンナの施した細やかな刺繍を見つめて、私はおもわず感心してしまう。
――そういえば、私も刺繍にハマった時期があったなぁ。
ハンカチを見つめていると、前世のとある記憶がまた蘇ってきた。
前世の私は生まれた時から身体が弱く、よく入院していた。まともに学校に通った記憶より、病院での生活のほうが長かったように思う。
……日々が退屈にならないよう、お母さんが病院でできることをたくさん提案してくれたんだっけ。刺繍もその中のひとつだった。
お母さんも今みたいに、私に刺繍入りのハンカチをくれたことがある。
私はいつの間にか、目の前にいるハンナをお母さんと重ねていた。なんの見返りも求めずに、いつも優しい笑顔で私のお世話をしてくれるハンナは、前世のお母さんにとても似ていたのだ。
そしてこの瞬間、自分の中にとある感情が芽生えた。
――今世では、私も誰かのお世話をしてみたい。
本当はお母さんのお手伝いをしたり、家事をしたりして、誰かの役に立ちたいとずっと思っていた。前世では病気のせいでそれが叶わなかったけど……この身体でならできる。
やっと見つかった。私のやりたいこと。ユリアーナとしての新しい人生の道筋が!
それに貴族の生活って、窮屈で記憶を取り戻した私には合ってなかったし……よし。ギリギリだけど、なんとかしてみせる。
「ハンナ! ありがとう! 私、あなたみたいな立派な侍女になってみせるわ!」
「……じ、侍女?」
「さっそくお父様のところへ行ってくる!」
「ちょっ……お嬢様!? ユリアーナお嬢様~っ!」
私はハンカチをワンピースのポケットに入れると、そのまま部屋を出て長い廊下を駆け抜けていった。
学園にいる限り、嫌でもリーゼとクラウス様と関わることになる。断罪を避けるには、あのふたりや、小説に出てくるキャラクターたちとは距離を置きたい。
しかし、その距離をどうやって置けばいいのかわからない。進級することは決まっているし、ほかにユリアーナが歩めそうな道はないのだろうか。……私がこの世界でやりたいことも、すぐには見つかりそうもない。
記憶が戻って一週間、私は外部との接触を拒み、屋敷に籠ってどうすればいいのかをひたすらに考えた。様子のおかしな私を家族は心配していたが、体調が悪いと言えばひとまず納得し、黙って見守ってくれていた。
「ああー……どうしよう。もう時間がないのに」
進級までの間に設けられている春休みが、三日後に終わりを告げてしまう。なにかいい案はないものかと、私はベッドに横たわって、真上にある高級そうなシャンデリアを見つめた。
「お嬢様、失礼してもよろしいでしょうか?」
「ハンナ! どうぞ。入って」
上半身だけ起こして、私は侍女のハンナを自室に迎え入れた。ハンナは私が生まれたときからこの屋敷に仕えている、ベテランの侍女である。
「具合はよくなりましたか?」
「ええ。なんとか」
「それはよかったです。お嬢様がおとなしいものですから、みんな驚いていましたよ」
ハンナの言葉に、私は苦笑いを返すことしかできない。本来のユリアーナだったら、屋敷でもわがままし放題でうるさかっただろう。しかし、記憶が戻った今、あの悪役になるために生み出された性悪のユリアーナはもうどこにもいないのだ。
「どうぞ。お嬢様のお好きなミルクティーです」
「ありがとう。……んっ⁉」
ベッドから椅子に座りなおし、ハンナが用意してくれたミルクティーを、なんの疑いもなく一口飲む。すると、口いっぱいにとんでもない甘さが広がった。砂糖をいくついれているのだろうか。甘すぎて紅茶の味がまったくわからないし、これ以上飲むと確実に胸焼けをする。
「ご、ごめんなさいハンナ。よかったら、砂糖をひとつにして淹れなおしてもらえるかしら?」
「……!? お嬢様がそんなことを言うなんて、やっぱりまだ具合が悪いのですね!? すぐにお医者様を――」
「えっ!? ち、違うの。この一週間で味覚が変わったのよ!」
家族並みに心配性のハンナを焦って制止する。
「……なるほど? そんなこともあるのですね。お嬢様は今まで、ミルク二杯に角砂糖五つの紅茶しか飲まれませんでしたのに」
どれだけ甘党だったんだユリアーナ……。今日までずっとお茶を断ってたから知らなかったわ。
改めて普通の紅茶をハンナに淹れてもらい、ほっと一息ついていると、数分席を外していたハンナが小さな包みを手に戻ってきた。
「お嬢様。これ、よろしければ」
若干照れくさそうにして、ハンナが私に包みを差し出す。どうやら、私へのプレゼントみたいだ。
「ありがとう。開けてもいい?」
「はい。どうぞ」
まだミルクティーの甘い香りが広がる部屋の中で、私は包みを開いた。
「わあ……!」
中には薔薇と私の名前が刺繍された、可愛らしい薄紫色のハンカチが入っていた。
「すごい! これ、もしかしてハンナが刺繍を?」
「はい。お嬢様の進級記念に、なにか特別なものを贈りたくて」
「すごく嬉しいわ!」
「そんなに喜んでいただけると思っていなかったので……ありがとうございます。感激です」
ハンカチを胸に抱えて微笑むと、ハンナは心の底から嬉しそうな顔をして笑みを返してくれた。
「とても上手ね。さすがハンナだわ」
「そんなそんな。刺繍は私の趣味ですから」
ハンナの施した細やかな刺繍を見つめて、私はおもわず感心してしまう。
――そういえば、私も刺繍にハマった時期があったなぁ。
ハンカチを見つめていると、前世のとある記憶がまた蘇ってきた。
前世の私は生まれた時から身体が弱く、よく入院していた。まともに学校に通った記憶より、病院での生活のほうが長かったように思う。
……日々が退屈にならないよう、お母さんが病院でできることをたくさん提案してくれたんだっけ。刺繍もその中のひとつだった。
お母さんも今みたいに、私に刺繍入りのハンカチをくれたことがある。
私はいつの間にか、目の前にいるハンナをお母さんと重ねていた。なんの見返りも求めずに、いつも優しい笑顔で私のお世話をしてくれるハンナは、前世のお母さんにとても似ていたのだ。
そしてこの瞬間、自分の中にとある感情が芽生えた。
――今世では、私も誰かのお世話をしてみたい。
本当はお母さんのお手伝いをしたり、家事をしたりして、誰かの役に立ちたいとずっと思っていた。前世では病気のせいでそれが叶わなかったけど……この身体でならできる。
やっと見つかった。私のやりたいこと。ユリアーナとしての新しい人生の道筋が!
それに貴族の生活って、窮屈で記憶を取り戻した私には合ってなかったし……よし。ギリギリだけど、なんとかしてみせる。
「ハンナ! ありがとう! 私、あなたみたいな立派な侍女になってみせるわ!」
「……じ、侍女?」
「さっそくお父様のところへ行ってくる!」
「ちょっ……お嬢様!? ユリアーナお嬢様~っ!」
私はハンカチをワンピースのポケットに入れると、そのまま部屋を出て長い廊下を駆け抜けていった。