私のお願い、届いてますか?
「こんばんは。初めまして…」

「えっ、あっ、相村くんの。初めまして、稲山と申します」

私達に気がついていなかったらしく、声をかけると先生は、驚いた様子で振り返って、そう言った。

「河田梨々香です。今日は…その、ありがとうございます…」

「女の子の夜道は、色々危ないから」

稲山先生の、黒縁メガネの奥の瞳はとても優しくて、私の緊張感が少しずつほぐれていく。

「…あれ…?河田梨々香って…どこかで聞いたことあるなあ…」

「えっ?」

会ったことあったかな…。私もじっと、稲山先生の顔を見つめて、自分の記憶を探る。

色白で、真っ黒の髪を前髪も一緒に後ろで一つに束ねている先生の顎の右下にある少し大きめな黒子が目に入る。

あれ…?

もう一度、メガネの奥のバサバサとした長いまつ毛の瞳を見て、記憶を辿る。

あっ…

「…みなみ先生?」

ポロッと口から漏れた名前。私の中学の時の理科の先生。確か、私が中学の卒業と同時に、結婚してそのまま退職した。

「あー、そうだそうだ、私が最後に教えた生徒の河田梨々香さん!」

ぽんっと手を叩いて、嬉しそうに私の肩に手を添えたみなみ先生。

「すっかり大人の女性ね!こっちにはいつから…?」

「大学からです。先生は…ご結婚なさってからこちらに?」




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