君が月に帰るまで
「おはようございます」
後ろから急に声をかけられてビクッとする。女性の声だ。「すみません、突然。あの、SNS動画で話題になっている方ですよね? あのトリック、ぜひ私たちの番組で披露していただけませんか。もちろんお礼はしますので……」
西野弥生と自己紹介をしたかわいらしい女性は、腰を低くしてゆめに番組出演依頼をした。
「人違いじゃないですか? 何のことかわかりません」
ゆめはプイッとして、歩き始めるが向こうも簡単にはあきらめない。
「ウサギにも変身できるのですか?」
ピタッと足を止め、その人の方を振り返る。なぜ、そのことまで知っているの?
ゆめは眉根を寄せて睨みつけた。
「雪ちゃんに会ったことありますよね?あなたに公園で会ったと言っていました。もちろん、ウサギのあなたに」
「ゆきちゃん……?」
名前には覚えがないが、公園で一緒に遊んだ女の子だろうか。
「あの子が言ってましたよ。お姉さんはウサギに変身できるんだって。昨日の動画、素晴らしかったです。あなたのトリックをみんな求めています。ぜひ協力していただけませんか」
なんで、なんで知ってるの? 知られたら帰らなきゃいけないのに、もう二度とはじめにも会えないのに、好きでもない人と結婚しなきゃいけないのに……。
胸の奥が急に苦しくなる。息があがって吸うことができない。ガクンとその場にしゃがみ込む。
「えっ!! 大丈夫ですか……??」
女の人の声が遠くに聞こえて、目の前が真っ暗になった。目を覚ますと、ベッドの上だった。無機質であたたかみなんか全然ないその部屋。あわてて体を起こすと、ひどい頭痛がして頭を抱えた。