君が月に帰るまで
痛みが引くのを待ってあたりを見回す。ここはどこ? 早く帰らないとはじめがきっと心配してる……。
「あ、起きましたか? 大丈夫ですか?」
さっき声をかけてきた西野弥生が、部屋に入ってくる。
「あの、ここは……」
「安心してください、ここは病室です。医者に見せたところ過呼吸とのことでしたので、処置をしました。あの公園からここまですぐでしたので、慌ててこちらに連れてきてしまって……驚かせて申し訳ありません」
その女性は頭を下げた。
「もう、大丈夫です。あの……家に帰りたいので、これで失礼します」
「タクシーを呼びます。少しお待ちください。お茶、そこのテーブルにあるものは飲んでいただいてけっこうです。トイレは後ろにありますのでそちらをご利用ください」
そういって弥生は部屋を出ていった。ドアが閉まってすぐ、カチャンと音がする。
──まさか……。
慌ててドアを確認すると、鍵がかけられていて開かない。バッと後ろを振り返り窓を見る。鉄格子がはめてあって、窓も10センチほどしか開かず、外には出られない。
「うそ……、閉じ込められた??」
血の気がザーッと引いていく。
最初からこうするつもりだったんだろう……。嵌められた。
このままここにいたら、ウサギに変身する姿も見られてしまう。
姿を消したって、透明になるだけだから、壁をすり抜けて逃げることはできない。
どのみちそうなったら強制帰還だ。
8畳ほどの部屋の真ん中で、へなへなと座り込む。ごめん、はじめ。こんな風にお別れにすることになるなんて思ってなかった……。
このままじゃ、はじめの願いも叶えてもらえない。いったい何をしに地球に来たのだろう。
涙がとめどなく流れてくる。あんなに外に出るなと言われていたのに出た自分の軽率な行動。いまさら嘆いても仕方ない。なんとかしなきゃ……。
ひとしきり泣いて冷静になると、あの人の話の内容な矛盾があることに気づく。ウサギになる姿をあの公園のトイレで会った女の子に見られていたら、とっくに強制帰還させられているだろう。