君が月に帰るまで
「ゆめちゃん、寝てる?」
「そんな感じだな」
「すごい、肝座ってる」
三人で顔を見合わせて、ゲラゲラ笑った。
「早く助けてあげなきゃね」
「だな」
「かえで、タブレットの音量、最大にできる?」
かえでがタブレットの音量を最大にすると、かすかに外の音が聞こえてくる。
ミンミンミンと、シャンシャンシャンという蝉の声。
時折り、踏切のカンカンカンという音に加えて発車のベルのような音も聞こえる。
「ミンミンミンはわかるけど、シャンシャンシャンはなんだ?」
「たぶん、クマゼミだよ」
はじめが言うと、夏樹が不思議そうに腕を組んだ。
「クマゼミってこの辺じゃほとんど聞かないよな。アブラゼミならまだしも」
「クマゼミの北限って最近どんどん北上してるんだよ。東京でもこの辺より南の方ならいると思う」
「世田谷区、南、駅の近くで精神科のある病院。だいぶ絞れそうね」
「夏樹、さっき調べた病院の中で条件に合うところありそう?」
「うーん、そうだな。C病院か、T病院のふたつだな。どっちも精神科の専門病院だよ」
「この人の動画のお気に入り動画の中に、T病院の宣伝動画があるわ」
「よし、じゃあT病院にまず行こう」
出かける支度をしていると、零がリビングのドアをドカンと開けて入ってきた。
「びっくりした! 零、脅かさないでよ」
「零さん、帰ってたんですか?」
「……誰?」
はじめ、かえで、夏樹がそれぞれ零の顔を見た。
零は表にいた朔に説明を受けてきたらしい。
「ちょっと零!! 待ってよ!!」
後ろからきた見知らぬ女性。誰?
「あ、かえでちゃん久しぶり。君ははじめましてだね、はじめの兄の零です。こっちは彼女の詩穂」
「こんにちは、はじめまして」
笑顔の爽やかな女性。っていうかゆめに似てる……。
「犯人のアジトに潜り込むんだろ? 大人がいた方がいいと思うんだ。俺らも連れてって!」
零の目はランランと輝いている。