君が月に帰るまで


「アジトって……零、面白がってるでしょ!?」
 
はじめは大きく息をつく。

「わかった。零も一緒に行こう。でもその前にちょっとかまかけようと思う」

そういってはじめは動画の配信者にダイレクトメールを送った。

『その人は偽物です。本物は私。よかったら対決をやりませんか? 動画の収益はそちらもちでかまいませんので』

「うわ、まじか」

はじめのスマホをのぞきこんで、夏樹が呆れたようにいう。かえでも後ろからのぞきこむ。

「あ、返事来てる。『面白そうですね。待ち合わせはどこにしますか』だって。はじめくん、どこにするの?」

はじめは無言でスマホをタップする。

『今日の17時に、A駅公園で』

「A駅公園って……」

かえでが消えそうな声で言う。
塾の隣のA駅公園。ゆめがつれさられたであろうその公園を、はじめは対決の場に指定した。「おい、ゆめを助けたらそれでいいだろう? なんで対決するんだよ」

「だめだよ。ゆめのうわさも払拭しないと。ゆめは来週もうちにいるんだよ。その間ずっと隠れてるわけにもいかないし。……、詩穂さん!!」

「はっ、はいっ!!」

急に話しかけられて、詩穂の体はビクッと跳ねた。

「ちょっとお願いがあるのですが……」

***

朔のタクシーに、はじめ、夏樹、零の三人で乗り込んでT病院へ向かう。

詩穂とかえでは準備のため家で待機。タブレットで動画をチェックし、動きがあれば報告する情報収集係をしてもらうことになった。

「5分くらいだと思います。思ったより近いですね」

朔がハンドルを握りながら言う。

「まず、外から様子さぐろう」

はじめの言葉に夏樹と零も黙ってうなづいた。

「そのゴキゴキコロリスプレーは、なんか使うのか?」

夏樹が不思議そうに、はじめが持っているスプレーについて訊いてきた。

「うん、火災報知器を誤作動させる。ゆめの病室が一階だったらだけど……。窓越しにこれ渡して火災報知器にかけてもらおうと思って。どさくさにまぎれて助けだすつもり」
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