君が月に帰るまで


「やり方荒いな、はじめ。本当に大丈夫か?」

零が心配そうに身を乗り出してくる。

「とにかく早く助けてあげたい」

はじめは下唇を噛む。きっと不安でいっぱいに違いない。

「……やるっきゃねえな」

夏樹は窓の外を見ながらぽつりと呟いた。

タクシーの座り順は、後部座席に夏樹、零。助手席にはじめ。

「とりあえず病院の外からアプローチしてみる。零は見張りを。夏樹は朝、ゆめを連れ去った車がないか、病院の駐車場を探してみてくれる?」

「わかった」
「りょーかい」

病院の少し手前で降りて、それぞれ歩き出す。朔はタクシーに残ってもらい、三人で向かう。

大通りから少し入ったところにあるT病院。

「はじめ、詩穂から連絡。病院の位置と窓から入る光と影の方向で予測する限り、窓があるのはたぶん南側だって」

「オッケー」

T病院は三階建て。一階は北側に玄関と外来。その奥が入院病棟のようだ。予想としてはだいたい合っている。

道路から病院の南側をみると、一階の庭に面して鉄格子のある窓が3つ。2階以上は窓はあってもとても小さく、鉄格子まではない。ということは一階にいるのか?

この三つのうちのどれかだと推測する。ゆめの部屋はどれだろう。

「はじめ、車あったぞ。外来患者用の駐車場にそれらしいのが止めてあった。運転席に人はいなかったけど、エンジンかかってたから車の中で動画配信やってるのかも」

「了解、それ見張っててもらっていい? たぶん移動にはそれ使うと思うから。あとナンバーメモして」

はじめはスマホで動画をチェックする。生配信は止まっている。画面は今日の夕方にA公園で対決があるとのテロップだけ。今ならいける。
1番奥の窓が少し開いている。動画の窓も少しだけ開いていた。はじめはサッと小走りでその窓の前まで近づく。

10センチも開いていない窓からのぞくと……いた。
「ゆめ?」

ソファに、ぼーっと座っていた女の子。間違いなくゆめだ。

「はじめっ!!」

ゆめが慌てて窓まで近寄ってくる。手を入れると、ゆめがそっと握る。冷たい。ひとり不安でいっぱいだったのが伝わる。

「ごめん、遅くなって。病院の中からそっち行くから、そのまま待ってて」

「うん……」

ゆめは涙を浮かべている。
鉄格子を動かしてみたがもちろんビクともしない。やっぱり中から入るしかないか。ゆめに声をかけて、ゴキゴキコロリスプレーを渡し、北側に玄関に回り込む。朔にタクシーを玄関に横付けしてもらうよう、零に頼んでおいた。

時刻は10:32 外来は患者が多く、忙しない雰囲気。この方が都合がいい。

さ、そろそろ始まるかな。はじめはナースステーションに面会希望の旨を伝える。
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