君が月に帰るまで


「じゃあ、富士山見に行く? ほら、かぐや姫が、帝に不老不死の薬を渡したでしょ? でも帝はかぐや姫のいない世の中に生きていても仕方ないといって、それを燃やさせたっていう伝説のある山だよ。三保の松原っていうところが景勝地として有名だし、そこならどう?」

ああ、あの山か。お母さまからきいたことがある。はじめが日本で一番高い山だというので、ゆめは興味も湧いてきた。

「いいね。うん、そこ行こう」

支度をして、電車に乗り、しんかんせんというものに乗り換え、こんどはバスに乗って、富士山の5合目というところまでやってきた。

「うわー!! すごい。雲の上だ」

目の前に広がる景色に驚愕する。雲が下に見えて、幻想的。やっぱり大気のある地球の景色は素晴らしいな。月のドーム内は完全に天気も制御されているし、外はもちろん大気はない。

日本に住めたらどれだけいいだろう。はじめと一緒だったら、もうなんでもいいんだけどな。ちらっとはじめをみると、はじめも景色の美しさに驚いているのか口をぽかんと開けて、柵にもたれていた。

「きれいなところだね」
「気に入ってくれた?」
「うん、すごく。はじめは来たことあるの?」
「子どもの頃、家族ときたよ。家族旅行なんて数えるほどしかいったことないから、よく覚えてる。今日みたいに五合目まで来て、帰ったけど」

けらけらとはじめは笑う。もう、この笑顔ともお別れなんだな。切なさがこみ上げてすっと俯いた。「どう? ゆめ、富士山は」
「すごくいいところね。上まで登るの?」
「いやいや、この軽装じゃ無理だよ。きょうは5合目だけ。また今度登山する……ああ、ごめん帰るんだったよね」

はじめは、あははと困ったように笑う。そうだよ、きょう……帰るよ。

***

富士山の五合目から見る景色は息をのむほどきれいだった。もうこうやって二人で見ることはないであろう景色を、痛いくらい目に焼き付けたい。そう思えば悲しくて、すぐに鼻の奥がツンとしてくる。
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