君が月に帰るまで
「なに、それ。はじめは両親の駒でしかないってことなの」

「そう、所詮は親の駒でしかない。もう駒でいるのも疲れたけどね。やれるところまではやってみる」

「……はじめ、本当に医者になりたいの?」

そう言われてはじめは石になった。
進路志望を決める頃、兄からも何度も同じことを聞かれた。
お前はなぜ医者になりたいのかと。
はじめは、家が医者の家系だから、としか答えられなかった。そんな人間が、医者になって人の命など救えるはずがないと、ピシャリ。いつも温厚で味方の兄に、はじめて叱られた。

夏の間にお前の進路を考え直せ。
兄にはそう言われているが、やりたいこともこれといってない。
頭の中にモヤがかかったみたいで、勉強も闇雲にやるから結果も出ない。
八方塞がりもいいとこだった。

「……わからないんだ。ただ小さい頃から、将来は医者になるんだって思ってきたから……」

「つまんないわね」

ふんっとゆめはそっぽを向く。

「つまんないってなんだよ」

はじめは、ゆめを睨む。医学部に合格して医者になる。それしか自分の存在意義がないような気がしていたからだ。

「つまんないからつまんないって言ったの。誰かに認められなきゃ、はじめの価値はないわけ? 自分の価値は、自分じゃ計り知れないくらい尊いものなんじゃないの? 人に認められないからって、自分が価値のない人間だなんて、馬鹿げてるわ」

ゆめは腕組みをしてまだ怒りの表情だ。なぜ、怒るんだろう。

「待って待って、ゆめもさっき自分のこと家の恥だって言ってたじゃん」

「確かにお父さまからは、家の恥と言われているけれど、私自身が家の恥だと思ったことは一度もない。今回のことだって……」

そう言いかけてハッと口に手を当てる。
言いたくないのか、次の言葉はもう出てこなかった。

「……言いたくないなら、言わなくて大丈夫だよ」

悲しそうな顔をするゆめに、そう声をかけていた。ゆめは困ったような顔で笑うと、大きく欠伸をする。「ごめん、もう遅いね。明日、8時半には向田さんがくるから、そのとき親戚の子だって紹介するよ。僕は9時から塾が始まるから、ゆめは家でゆっくりしてて。向田さんには、この部屋に入らないように言うから」

「ねぇ! 私も、じゅくに行ってみたい!」

「ええっ!? 塾にいきたいの?」

「うん、勉強するのよね?」

「よく知ってるね」

「ちっ……地球のこと、少しは予習してきたから」

「でも、お金は? タダじゃないんだよ?」

「心配しないで。そこに、ほら」

そう押し入れを指したゆめ。はじめが押し入れを開けてみると、見たことのないツボの中に福澤諭吉がいっぱい入っていた。100万はゆうにありそう。

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