君が月に帰るまで
「ありがとう、助かったよ。僕、一度帰るね。様子みて、また塾行けそうなら行くよ」

「わかった。じゃあまたあとで」

お会計をと受付に寄ったが、きょうはいいと断られてしまった。ゆめを腕に抱きながら、深々と頭を下げて家路を急ぐ。守るって言っといてこれじゃ全然だめだ。自分の不甲斐なさに下唇を噛んだ。「ただいま、向田さん、いるー??」

玄関を片手で開け、そう声をかける。奥の方から向田がパタパタと廊下を走ってきた。

「向田さん、もういい年なんだから、走らなくても……」

「ありがとうございます、つい癖で。あら? ウサギ。どこへ行ったのかと思ってました」

「家抜け出してたみたい。ちょっと足擦りむいてるみたいだから、おじいちゃんの部屋に寝かせるね」

「あら? でもそこはお嬢様が……」

はじめは体をギクッとさせた。そうだったえっと……えっと……

「あの、ウサギが好きみたいでさ、一緒に寝たいって言ってたんだ。だからいいと思うよ」

「わかりました」

はじめはなんとか繕うと、向田の隣をすり抜けて祖父の部屋へいき、そっとゆめを下におろした。

ゆめはくるくるっとその場で回ってみせた。大丈夫と言っているようにも見える。

「ゆめ、ほんとに大丈夫?」

ゆめはお尻をフリフリっとこちらにむけて、おどけてみせる。

「ふふっ、わかった。でもきょうはもう家にいなよ」

ふんふんと首を振る。こっちの言葉は、わかってるみたいだな。

「じゃあ、塾に戻るね」

時間は13:05。授業はもう始まってしまったが、まだ冒頭。急いで戻ろう。

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