君が月に帰るまで
「おぼっちゃま、歩きながらじゃ行儀が悪いですが、おにぎりお持ちください」

向田は大きめのおにぎりをひとつ渡してきた。

「ありがとう、向田さん何かあれば、すぐ連絡してください」

「わかりました」

玄関で靴を履きながらそう告げて、はじめは慌てて塾へ戻っていった。

おにぎりをむしゃむしゃと口に放り込むと、はじめは走って教室に戻った。もうすでに始まっている授業、後ろのドアからそろそろと入り、すぐ近くの席へ静かに座った。

かえでに目をやると、向こうも心配そうに見ている。指で丸を作ってオッケーの合図をする。かえでがニコッと笑って前を向くと同時に、かえでの隣の席に座る夏樹もこちらを向いたので軽く会釈をした。

夏樹は高校こそ違えど、そっちも優秀な進学校。医学部コースの二番手で、なかなかかえでには勝てないので、永遠の二番手と周りには言われている。

二番手でもなれればすごい。ましてやずっとそこにいるなんて羨望しかない。
飄々として、掴みどころがないと思っていたが、ゆめを拾ってきてくれたってことは少しはやさしさもあるのだろうか。

あの三白眼に? はじめは首をひねったが、すぐその集中が途切れる。

「おい、今年。おまえやる気をなくしたか?」

相変わらずの物理講師、橘のいびりが飛んでくる。ワースト10位組への声かけは辛辣だ。毎回、毎回いやんなる。

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