君が月に帰るまで
「そんなぼけっとしてるから、成績上がらないんだ。今からでも遅くない、進路考え直したらどうだ」

シーンとした、教室。こう言われるのももう何度目だろうか。諦めきれない医学部への執着を見透かされているようだ。

「せんせ、早く進めて」

夏樹がボソッとそういうと、橘は授業を進めた。はじめも、気を取り直して黒板を見つめるがどうにも集中できない。──ゆめは、大丈夫だろうか。
頭のなかを心配ばかりが支配する、泥だらけで震えたゆめの姿。追いかけられてきっと怖かっただろう。
あのまま夏樹に見つけてもらえなければ死んでいたのかもしれない。

そう思うとゾクっと体から熱が放出されるのを感じた。帰ったらきちんと話を聞いてみないと。

そこまで考えると無理やり頭を切り替えて、黒板に目を向ける。苦手な物理の授業はちょっとでも集中を切らすと途端にわからなくなる。

好きな古文や漢文と違って、疲労度は半端ない。90分も受けたあとは、頭から湯気がもうもうと立っているのではないかと思うほどだった。

その後もうひとつ授業をこなしたはじめは、慌てて教室を飛び出したが、玄関を出るところで、物理の橘につかまった。

「今年、ちょっといいか」

「すみません、きょう急いでて……」

「手短に言うわ、志望校かえたほうがいい。考え直せ」

突然そう言われてびっくりした。

「えっ……なっ……」

「5分だけ」

橘は面接室にはじめを誘った。
< 31 / 138 >

この作品をシェア

pagetop