君が月に帰るまで
「あのさ、きょうありがとう。すごく助かった」

ひくひくと頬を引きつらせながらも、なんとか笑顔。きっと違和感満載だろう。

「いいの、それくらいしかできることないから」

かえではどこか寂しそうに笑って、手を振って去っていった。
なんだろう、あんな顔するなんて。はじめは、自分も帰ろうとすると後ろから左肩を叩かれた。

振り返ると、左頬にムニッと人差し指が当たる。三白眼の夏樹が無表情で立っていた。

「ひいぃっ!!」

はじめは思わず後退りして、廊下の壁に背中をぶつけた。今朝の階段駆け落ちで痛めた背中に、電気が走ってその場に座り込む。

「大丈夫か?」

冷たい声が上から降ってくる。

「ああ、うん。夏樹、今日ありがとう。ウサギを助けてくれて」

よっこいしょと立ち上がって、リュックを背負いなおす。

「いや……いいんだ」

「もしかしたら、ウサギ死んでたかもしれないから。本当にありがとう」

「なぁ、お前、姉ちゃんいるか?」

「えっ!? 姉? いないよ兄はいるけど……」

急にそう聞かれて目が泳ぐ。何が言いたいのか、はじめにはわからなかった。

「俺がウサギを見つけて、抱きかかえてるところへ、小学校低学年くらいの女の子がきてさ。この子の飼い主はお姉さんだって。トイレに入って出てこないって言ったんだ」

はじめはゴクンと唾を飲み込んだ。
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