君が月に帰るまで
「その子の母親にトイレを確認してもらったけど、"お姉さん"は見当たらなくて。とりあえずかえでに頼んで、動物病院連れて行こうと思って塾に連れてきたんだけど。
てっきり俺は、飼い主はそのお姉さんかなと思ってたから、お前が飼い主だって言うからびっくりして。って……疑ってるわけじゃないぞ。ただそんなことがあったってだけだから、報告。ペットの誘拐もよくあるっていうし……」
「わかってるよ、ありがとう。実はあのウサギ、迷いウサギでね。うちで預かってるだけなんだ」
夏樹は「へぇ」と言って腕を組む。
「もっ……もしかしたら、そっ、その女の人が飼い主なのかな? あっ……明日、公園にウサギも連れてってみるよ。またその人くるかもしれないし」
これ以上早くなったことがないくらいのスピードで、鼓動を打ち続ける心臓は、口から飛び出そうなくらいだった。平然と素知らぬふりがやっとだ。
「きょうはありがとう。さよなら」
夏樹に一方的な別れの挨拶をして、塾を飛び出した。家までの道を全速力で駆け抜ける。
「ただいま!! ゆめーっ、調子どう?」
靴を放り投げるように脱いで、祖父の部屋へと急ぐ。向田はもう帰ったようで、玄関と廊下以外の電気は消えている。
長い廊下を走って、祖父の部屋から声をかけたが返事はない。「ゆめ? 開けるよ?」声をかけて、そっと襖を開ける。
向田が準備したのだろうか、ハートのクッションの上で、かわいらしい白ウサギが、穏やかな顔で寝転がっていた。──良く寝てる。しばらくそっとしておこう。